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2010年8月31日 (火)

自分探しのヒント

よく生きるためには、自分探しが必要だ。自分とは何か。そのために過去を学ぶ。その時、自分に近い過去から始めた方がよい。このへんに親子の責任と義務があるかも知れない。

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2010年8月30日 (月)

猛暑

Pt340003 猛暑避け 神社の杜の 一隅の ベンチに座り 涼風を受く

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2010年8月29日 (日)

墓参の意味

墓参り 過去と今とを 繋ぐ道 未来があれば なおよろし

信仰の発端は過去(十字架)と現在(復活)を結ぶことであり、信仰の完成とは、過去・現在・未来(再臨)が、その発端の中で繋がることである。

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残暑

虫の音に  秋近し知る  されどなお  残暑は猛暑  何の前触れ

今日もまた 暑い暑いと 言いながら 変化乏しく  ああくたびれた

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2010年8月27日 (金)

非戦論

この夏、戦争を反省する貴重な番組が流れた。NHKラジオ深夜便でも放送されていた。その中で、非戦という言葉が反戦に勝るかも知れないという指摘もあった。そこには、反戦では戦争はなくならないという洞察があった。

非戦という言葉は、日露戦争に反対する人々によって使われた言葉として記憶されている。歴史を検証すると、この戦争に勝って、日本は破滅への道を歩み始めたのかも知れない。歴史を見ると、昨日の善は今日の悪になっているようだ。

日露戦争当時は、もちろん、非戦は日本の立場ではない。しかし、今、それは、日本国憲法の立場。特に憲法9条は反戦ではなく、非戦の立場を表したものなのだろう。

非戦といっても、自衛権はある。その先に日米同盟がある。そして非戦を掲げる憲法は最高裁判決の中で、日米同盟を排除できないという。今は両立が定着しているが、以前は、そうではなかった。樺美智子さんの死も、その解釈の中で起きたことだろう。

非戦の立場に立ちつつ、いかに国の主体性を形成していけるか、その課題を思う時、聖書の信仰は、その課題に応答できるのではないだろうか。 非戦論は聖書の信仰を要請しているとも言えるのではないだろうか。

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2010年8月16日 (月)

『沈黙』の続編

遠藤周作の名作『沈黙』は、1609年ころ来日したポルトガル人のイエズス会司祭フィレイラの棄教をテーマにした物語である。彼は1632年に日本準管区長になり、翌年、逮捕され、拷問にあって教えを捨てた。そのため、1636年、イエズス会は、彼を追放した。フィレイラは、棄教後、沢野忠庵という名で、キリシタン迫害に協力していった。

『沈黙』は、棄教の事実を伝えるが、そこに、それを是認する主の声を記している。もちろん、これは小説であり、そこには作者の意図がある。そして、『沈黙』には続編はない。遠藤がこの世を去った以上、もし、続編を書くとすれば、他の人の課題となる。しかし、続編の可能性はあるのだろうか。あるかも知れないのである。

フィレイラが沢野忠庵のまま死んでいったとすれば、続編の可能性はない。しかし、ある百科事典によると、「晩年再改宗し、刑死したとの説がある」と書かれている。この説を追求していけば、『沈黙』の続編になるかも知れない。フィレイラの名誉のために、イエズス会としても、ほっとけないのではないだろうか。

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2010年8月12日 (木)

野呂芳男氏の逝去

『創文』誌(2010.07)で、青山学院、立教で神学を教えられた野呂芳男氏の逝去(4月26日)を知った。84歳であった。ウェスレーの紹介、実存論的神学と、教えられるところがあった。 生前、一回だけ、講演を聞いたことがあったが、直接、お会いしたことはなかった。

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2010年8月 9日 (月)

期待される経営者像

松下幸之助を偉大と思うのは、成功した経営者というよりも、いかに生きるか、いかに考えるかについても、広く教え続けたという活動にもよると思う。今もなお、求められ、期待されている経営者像と思う。

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終わりのしるし

福音書にイエスの終末預言がある。8月には、そのことを思う。テレビの戦争特集には、貴重なものがある。ドイツではユダヤ人たちの苦難があり、アウシュビッツという強制収容所の名と共に、世界に知られている。日本には二回も原爆が落ちた。我々の生まれたころ、世界は大変な時代であった。

広島平和記念式典で、「日本の出番」と、市長さんは言った。国連事務総長は、新しい使命を見いだしたようでもある。これらは歓迎すべき動向のように思う。世界が変わりつつある。

大戦が終わり、冷戦時代になり、その果てにソ連がなくなり、かくて、大きな物語は地上から姿を消した。共産主義にもまた真理の一端が含まれていたでもあろうに、その負の側面が印象づけられている。日本の使命を、平和への使命を果たすためには、世界が納得する大きな物語の中に組み込めるかどうかにかかっているかも知れない。

アウシュビッツと二回の原爆投下の、大きな物語を作る必要があるのではないだろうか。広島の投下は、世俗史において、長崎の投下は救済史において、共に「終わりのしるし」なのではないだろうか。古い時代、古い歴史の終わりのしるしである。キリスト教徒としては、そのしるしはキリストの再臨に関係づけられている。この関係づけがない時、これらの「しるし」は、その意味を見失うのではないだろうか。そして、これらが「終わりのしるし」でなくなった時、世界は、なお別の「終わりのしるし」を経験するのかも知れない。

「こんな経験は、もうごめんだ」という叫びには、あの、過去の経験を「終わりのしるし」にしたいという願いが込められているように思う。世界は、ようやく、その方向に向かいつつある。「日本の出番」なのかも知れない。

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2010年8月 6日 (金)

平和について

8月6日は、広島に原爆が投下された日。時間は午前8時15分。今まで、この時間の8.15という数字に余り関心がなかったが、偶然の符合であろうか、8.15は、歴史的には重要な日でもあった。

8月15日は終戦記念日である。中には敗戦記念日という人もいる。しかし、普通の国民感情として敗戦を記念したいとは思わない。昭和20年の、この日、日本はポツダム宣言を受諾して、太平洋戦争は終わったのであった。

また、キリスト教が日本に伝来した日が8月15日(1549年、天文18年7月22日)であった。この教えを日本に伝えたのがフランシスコ・ザビエルであったが、彼の所属した修道会、イエズス会の創立日が8月15日である。

1534年8月15日早朝、ロヨラとパリ大学の学友同志6人の計7人が、パリ郊外のモンマルトルの丘にある小聖堂に集まり、ミサをあげて、清貧・貞潔、エルサレム巡礼などの誓いを立てた。その時は、修道会創立の考えはなかったというが、これがイエズス会の原点になった。

そして、この日はカトリック教会の教会暦では、「聖母マリア被昇天の祝日」でもある。

後年、カトリック教会の知的再興の原点になった岩下壮一神父の霊名は「フランシスコ・ザベリオ」(ザビエルのこと)であったが、自分の宣教活動をザビエルによる日本宣教の原点に関係させたいという願いがあったのかも知れない。ザビエルの宣教は挫折で終わったが、再度の挑戦という意味を込めたのかも知れない。

今年の広島での式典には、国連事務総長や米国大使が参列して、注目を集めた。平和への取り組み、活動への決意などが語られた。

しかし、平和は、人間の努力で来るのだろうか。人間が自らの力で作り上げるものなのだろうか。いや、平和は彼方からやってくるのではないだろうか。そのなかで、人に出来るのは、それを受け入れることだけである。こういう視点が大切なのではないだろうか。キリスト教信仰の中では、それはキリストの再臨である。再臨に秩序づけられた活動こそ、教会の平和活動なのではないだろうか。

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2010年8月 5日 (木)

実存主義

私が大学生だった昭和40年代前半は、今よりも実存主義への関心は大きかった。キェルケゴールが、その真理性に気づいたとされるが、ニーチェも、あるいはもっと遡って、アウグスチヌスにも、その思想が語られている。キェルケゴールの影響を受けて、多くの思想家、哲学者が輩出した。その中には、サルトルのように無神論的実存主義とされる思想もあり、一般には、こちらの方がよく読まれたのではないだろうか。そんなこともあってか、マルセルはカトリック実存思想家と言われるけれど、カトリック教会の中には実存主義思想への批判もあり、自分が、そう呼ばれることにためらいを感じているという情報もあった。日本で哲学を教えていたカトリックの神父の中には、実存主義思想への反発を書いた人もいた。

私は、逆に実存主義にひかれていた。今もそうである。そして、それでいいのだと思っている。いや、そうでなければならないと思っている。それは、無神論に引かれるためではない。キリスト教実存主義思想は再臨信仰に結び付けられなければならないと思っているからである。

内村鑑三もキェルケゴールの名前に言及したことがあった。だから、彼も実存主義に触れたのである。しかし、これが、かつて旗振り役を演じた再臨信仰と関係があることについては語っていない。むしろ、その課題は、我々に委ねられているのではないかと思う。

実存主義はキリスト教的なものと、無神論的なものに区別されている。どれを採用するかは、その人自身が決めることである。それは、その中で、自分が生き、また死ぬためである。

我々は、やがて、いつかは死ぬ。生きるということは、その死ぬ時を一時も忘れずに、その準備としての生でなければならぬ。その思想と共に生き、その思想と共に死ぬ、そんな思想は、客観的真理だといって、教科書的に教えられるものではない。それは自分で選び取る以外にない。再臨信仰と結びついた実存思想は、私にとって、そんな思想である。しかし、残念ながら、現代の教会は、このことを知らない。知っていれば、教会の影響力は、もっと大きく、深いものになっているであろう。

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2010年8月 3日 (火)

課題

高齢者、障害者の問題は、日本にとって、ますます重い、大きな問題となるだろう。それに対して、どんな準備をしているのだろうか。

教会が老人ホーム経営に乗り出すなど、どうだろうか。過日、カトリックの神父さんが某新聞で、修道院の活用を提案していた。実態調査をして、新しい時代に向けた方針を立てるべきではないだろうか。

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