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2010年8月 6日 (金)

平和について

8月6日は、広島に原爆が投下された日。時間は午前8時15分。今まで、この時間の8.15という数字に余り関心がなかったが、偶然の符合であろうか、8.15は、歴史的には重要な日でもあった。

8月15日は終戦記念日である。中には敗戦記念日という人もいる。しかし、普通の国民感情として敗戦を記念したいとは思わない。昭和20年の、この日、日本はポツダム宣言を受諾して、太平洋戦争は終わったのであった。

また、キリスト教が日本に伝来した日が8月15日(1549年、天文18年7月22日)であった。この教えを日本に伝えたのがフランシスコ・ザビエルであったが、彼の所属した修道会、イエズス会の創立日が8月15日である。

1534年8月15日早朝、ロヨラとパリ大学の学友同志6人の計7人が、パリ郊外のモンマルトルの丘にある小聖堂に集まり、ミサをあげて、清貧・貞潔、エルサレム巡礼などの誓いを立てた。その時は、修道会創立の考えはなかったというが、これがイエズス会の原点になった。

そして、この日はカトリック教会の教会暦では、「聖母マリア被昇天の祝日」でもある。

後年、カトリック教会の知的再興の原点になった岩下壮一神父の霊名は「フランシスコ・ザベリオ」(ザビエルのこと)であったが、自分の宣教活動をザビエルによる日本宣教の原点に関係させたいという願いがあったのかも知れない。ザビエルの宣教は挫折で終わったが、再度の挑戦という意味を込めたのかも知れない。

今年の広島での式典には、国連事務総長や米国大使が参列して、注目を集めた。平和への取り組み、活動への決意などが語られた。

しかし、平和は、人間の努力で来るのだろうか。人間が自らの力で作り上げるものなのだろうか。いや、平和は彼方からやってくるのではないだろうか。そのなかで、人に出来るのは、それを受け入れることだけである。こういう視点が大切なのではないだろうか。キリスト教信仰の中では、それはキリストの再臨である。再臨に秩序づけられた活動こそ、教会の平和活動なのではないだろうか。

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