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2010年8月 9日 (月)

終わりのしるし

福音書にイエスの終末預言がある。8月には、そのことを思う。テレビの戦争特集には、貴重なものがある。ドイツではユダヤ人たちの苦難があり、アウシュビッツという強制収容所の名と共に、世界に知られている。日本には二回も原爆が落ちた。我々の生まれたころ、世界は大変な時代であった。

広島平和記念式典で、「日本の出番」と、市長さんは言った。国連事務総長は、新しい使命を見いだしたようでもある。これらは歓迎すべき動向のように思う。世界が変わりつつある。

大戦が終わり、冷戦時代になり、その果てにソ連がなくなり、かくて、大きな物語は地上から姿を消した。共産主義にもまた真理の一端が含まれていたでもあろうに、その負の側面が印象づけられている。日本の使命を、平和への使命を果たすためには、世界が納得する大きな物語の中に組み込めるかどうかにかかっているかも知れない。

アウシュビッツと二回の原爆投下の、大きな物語を作る必要があるのではないだろうか。広島の投下は、世俗史において、長崎の投下は救済史において、共に「終わりのしるし」なのではないだろうか。古い時代、古い歴史の終わりのしるしである。キリスト教徒としては、そのしるしはキリストの再臨に関係づけられている。この関係づけがない時、これらの「しるし」は、その意味を見失うのではないだろうか。そして、これらが「終わりのしるし」でなくなった時、世界は、なお別の「終わりのしるし」を経験するのかも知れない。

「こんな経験は、もうごめんだ」という叫びには、あの、過去の経験を「終わりのしるし」にしたいという願いが込められているように思う。世界は、ようやく、その方向に向かいつつある。「日本の出番」なのかも知れない。

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