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2010年11月 7日 (日)

歌詞の感想

「深夜便のうた」で、今流れている「明日の朝、神様がいらっしょるよ」の歌詞は長いのですが、その中から、一部、思うところを記します。歌詞には聖書的な内容を連想させるものも感じています。

「明日の朝、神様がいらっしょるよ 遠い約束 果たすために 光の中へ もうすぐ」

確かに、もう2000年も経ちました。再臨の約束は、遠い昔の約束なのです。そして、光の中に来る、という。すべてが光に照らされて、明らかになるという意味なのかも知れません。

「苦しみはもうない 悲しみはもうない ロバを連れて、迎えに行こう 風が走る 草原に 風が走る 草原に」

苦しみ、悲しみがないということは、神の国、天国の実感なのでしょう。しかし、天国というと、死んでから行くところとか、地上ではないという思いと結びつくかも知れませんが、再臨には、そんな観念はなく、この地上に神が来られるという発想でしょう。

ここで、ロバが出てきます。イエスがエルサレムに入った時に乗っていた動物がロバでした。その状況と重ねているのではないでしょうか。再臨のイエスもまたロバに乗られるという意味で。しかし、そうなるかどうか。ただ、人間の側で「迎える」という姿勢を意味しているのかも知れません。

そして、風が出てきます。風は聖霊の意味かも知れません。再臨と聖霊は関係があるという意味かも知れません。

「明日の朝 神様がいらっしゃるよ 愛を汚した罪人たちに 剣の裁きを下しに」

「愛を汚す」とありますが、これが最終的な罪の構成要因なのかも知れません。「だから、あなたがたに言っておく。人には、その犯すすべての罪も神を汚す言葉も、ゆるされる。しかし、聖霊を汚す言葉は、ゆるされることはない」(マタイ12・31)。聖霊は神であり、神は愛であると考えれば、愛を汚すことは、許されない罪を構成することになります。

そして、このような裁きがあるということは、最後の審判を予想させるものではないでしょうか。

「明日の朝 神様がいらっしゃるよ 涙の跡を癒すために 血が流れた草原に 血が流れた草原に」

人間の罪の結果である悲惨という現実の真っ只中に、神は来られるということでしょうか。

こういう歌詞が、深夜便に流れているということは、感謝です。

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