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2010年12月29日 (水)

「明日の朝、神様がいらっしゃるよ」

NHKラジオ深夜便で歌われている「深夜便のうた」の中、「明日の朝、神様がいらっしゃるよ」(作詞:岡本おさみ 作曲:宮川彬良 歌:ことのみ児童合唱団)の歌詞は、次のようなものです。

明日(あす)の朝 神様がいらっしゃるよ
森の木立をぬけて注ぐ
光の道を通って

明日の朝 神様がいらっしゃるよ
遠い約束 果たすために
光の中へ もうすぐ

苦しみはもうない
悲しみはもうない
ロバを連れて、迎えに行こう
風が走る 草原に
風が走る 草原に

明日の朝 神様がいらっしゃるよ
愛を汚した罪人たちに
剣の裁き下しに

明日の朝 神様がいらっしゃるよ
野いちご齧(かじ)る 唇で
歓(よろこ)びの歌 歌おう

明日の朝 神様がいらっしゃるよ
欅(けやき)のような足で踏みしめ
あの丘の上に登ろう

嵐はもう来ない
吹雪ももう来ない
ロバを連れて、迎えに行こう
風がはしる 草原に
風がはしる 草原に

明日の朝 神様がいらっしゃるよ
涙の跡を癒(いや)すために
血が流れた草原に
血が流れた草原に

ロバを連れて、迎えに行こう
風が走る 草原に

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2010年12月26日 (日)

クリスマスに寄せて

快晴に 寒風走る 年の暮れ
祝いの御子(おんこ) また来たるべし

昨日がクリスマスでした。快晴でしたが、風があり、寒い日でもありました。イエスの降誕がクリスマスの意味ですが、そのイエスはまた来ると言っています。そのことも忘れないようにしたいと思います。

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2010年12月24日 (金)

宗教的包括主義

諸宗教間の関係では、宗教的排他主義、同包括主義、同多元主義があるという。ビリー・グラハムの息子さんが最近、クルセードを行い、キリスト以外に救いがないと言明した。一応、排他主義の立場で語っている。救いを得るための決断を促すのが目的であるから、そういう言い方になるのは理解できることである。しかし、排他主義を短絡的に受けとると、いろいろな問題が起きる。それを避けるために福音主義という言葉があるといった説明を読んだことがある。ここでの排他主義は、根本主義(ファンダメンタリズム)であり、最近は原理主義という言葉が使われている。

排他主義の根本が間違いだというのではない。それは福音主義者が、信仰の根本は根本主義と同じと認めているのと同じことである。排他主義を語っている聖句がいくつかある。他の立場の人たちは、それらの聖句の前に、どう対応できるだろうか。対立しているのは多元主義であり、包括主義は、対立してはいないだろう。ただ、他者に対して、単純な否定のみか、それとも肯定と否定を持てるか、その対応の仕方の違いなのであろう。

カトリック教会が、第二バチカン公会議を開催していた頃、多くの神学生が司祭への道を捨てたという。強力な遠心力が働いたのかも知れない。カール・ラーナーらの宗教的包括主義、「無名のキリスト者」といった考え方が受け入れられて、教会は新しい道に歩みだしたという理解がされている。

しかし、包括主義は、カトリック教会にとって、新しい道なのだろうか。例えば、アウグスチヌスやトマス・アクィナスを考えた時、彼らはギリシャ思想を、啓示とは別に、受け入れていたのである。ということは、宗教的包括主義であったのではないだろうか。ギリシャ思想は啓示の世界ではない、だから、それを放棄していれば、中世は、そもそも生まれなかったであろう。

しかし、もう一つ、多元主義がある。これは、ジョン・ヒックの主張する説で、遠藤周作さんも、その影響を受けていた。最後の大作『深い河』に、その影響が見られる。しかし、中には、遠藤さんは、多元主義者になったと解釈する人もいるようだ。いや、彼は包括主義にとどまったのだという人もいる。私は、後者だと思っている。

多元主義は、他の宗教との対話においては、尊重すべきものだが、その人自身の信仰においては、すなわち、その人が宗教者である限りは成り立たないのではないだろうか。

包括主義の道は、新しい道というよりも、中世思想そのもののように思われる。そのような枠組みの中で、日本では他の宗教との対話が進展し、新しい洞察がうまれればよい。そこでは、ギリシャ思想の代わりに、インド、中国の思想、宗教が相手になるのであろうか。

こうして、第二バチカンの転換期に遠心力が働いて、ある人たちには信仰の中心が見失われたとしたら、新しい中心には、私は再臨信仰を置いてみたい。教会一致運動にしても、カトリックの戻れというのではなく、再臨しつつあるキリストを見上げていく中で、実現していくもののように思う。しかし、残念ながら、そういう視点を提供した人を知らない。

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2010年12月10日 (金)

内村鑑三と日ユ同祖論

再臨運動を展開した人に、内村鑑三と中田重治がいた。中田は日ユ同祖論の影響を受けていた。内村には、そのような言及はないと思うが、その影響は全くなかったのだろうか。

内村鑑三は日ユ同祖論を支持していないが、両民族の民族性はよく似ていると指摘しているという。日ユ同質論者という人もいる。ベン・アミー・シロニーも同じ立場らしい。

日ユ同祖論については、多くの本が出ている。教会の一部は関心を持っているが、大部分は無視しているようでもある。真相はどうなのだろうか。

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2010年12月 8日 (水)

富士山

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富士山の外見が、ノアの箱舟のたどり着いたアララト山に似ているという。日ユ同祖論の根拠の一つになっているというが、ノアたちは富士山に着いたというのだろうか。(写真は自宅のベランダから見える富士山)

アララト山の写真は、http://www.google.co.jp/images?q=%E3%82%A2%E3%83%A9%E3%83%A9%E3%83%88%E5%B1%B1&rls=com.microsoft:ja:IE-SearchBox&oe=UTF-8&rlz=1I7ADBF&redir_esc=&um=1&ie=UTF-8&source=univ&ei=8t4PTZ3hFYWmvQPzsoHbDQ&sa=X&oi=image_result_group&ct=title&resnum=3&ved=0CD8QsAQwAg&biw=1004&bih=637

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2010年12月 3日 (金)

もう一つの中世

これまで我々にとって中世とは西洋のそれであった。その要素としては、ギリシャ、ローマ、ユダヤがあった。ギリシャは、人間の内面(哲学・宗教)のこと、ローマは外面(法律)のこと、そして、ユダヤは超越の契機であった。この三つの要素がうまく関係しあって、西洋の中世はできたといわれてきた。あるいは、それにゲルマンを付け加えるべきかも知れないが。このような中世ではキリスト教の教えが支配的であった。

そのような中世をもう一度、復興させるべきなのであろうか。吉満義彦がフランスに留学して、教えを受けたジャック・マリタンの志向の中には、そんなものがあったかも知れない。「新しき中世」は、その交わりの中にいた亡命ロシア人哲学者、ベルジャーエフの言葉ではあるが、当時は、よく使われた言葉らしい。

遠藤周作が聖フィリッポ寮(現在の真生会館)の寮生であった時、吉満は舎監であった。その時、二人の間に交わされた会話が遠藤の文章の中に残されている。吉満の中世志向に対して、遠藤は、日本には、そのようなものはないと、批判的な思いを抱いていたという。しかし、吉満は、かつての中世に戻るのではなく、新しく創るのだといったという。かつての中世における永遠なるものを思いつつ、新しい中世を創造していく、それが吉満の願いであったのだろう。

今、経済成長に関しては、中国とインドが注目されている。日本人の関心は西洋よりも、アジアに向けられている。21世紀はアジアの世紀になるのであろうか。その時、かつての西洋の中世と対比して、アジアの中世を構想したら、どうなるのであろうか。

ローマに対して中国、それは外側の整備。ギリシャに対してインド、それは人間の内面の探求、そうするとユダヤの役割は日本に向けられるのだろうか。

日本には、歴史を見れば、中国もインドも流れ込んでいる。徳川時代の儒教の教えは中国からであり、それ以前、聖徳太子の時代からインドからの仏教は国民の中に深く浸透している。これら両者を受容しつつ、かつ超越する契機、それがあるとすれば、それが啓示の要素であろう。すべてを受容しつつ、超越する契機としての「啓示」の要素を提供できれば、あるいは、それが日本の使命かも知れない。そして、それはアジア版中世の要になるかも知れない。

残念ながら、そんなことに関心を抱く人はいないけれど。

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