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2011年1月30日 (日)

辺境の地

日本は戦争に負けて、米国の辺境になった。21世紀の中国の台頭の中で、中国の辺境といった意識が強まるかもしれない。

米国が最初、日本のドアを叩いた時、日本は自国の中で革命を起こした。その後、同じ米国によって、国体が変わった。あたかも米国の辺境でもあるかのように。

文明が太平洋を渡って、米国から中国に移行するのが、あるいは21世紀なのであろうか。米国の文明が太平洋を渡って、アジア大陸に向かう時、その中継をするのが、あるいは日本の使命なのであろうか。

そして、世界地図を広げれば、日本はヨーロッパの辺境でもある。

しかし、自意識の中では、日本は世界の中心と思っている日本人が多いかも知れない。「日本は世界のために」、そう内村鑑三の墓碑に書かれている。

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2011年1月27日 (木)

善の欠如

昔、カトリックの神父さんから、「悪は善の欠如」と教えられた。当時、プロテスタントだった私は、悪はもっと積極的なものと反発を感じていた。先日、文春文庫「バチカン・エクソシスト」を買い、読んだ。悪は善の欠如ではなかった。

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2011年1月26日 (水)

波多野精一の再臨信仰

波多野精一は内村鑑三のように再臨運動を展開したわけではない。しかし、再臨信仰の核心は了解していたように思う。それは、名著『時と永遠』の中で、未来と区別して将来を説明しているからである。

人生には目的が必要である。その目的は未来にある。だから、未来に向けて、人は現在を生きることができる。現在から未来への眼差しが普通の眼差しである。しかし、再臨は違う。目的が向こうからこちらにやってくるというのである。目的が、彼方から現在に、まさに来たりつつあるという時間理解の中に、将来があるのだという。このあたりが再臨信仰の核心なのではないかと思う。それは、預言解釈の中で、日時を決めることではないと思う。

信仰は未来ではなく、将来に関わる。未だ来たらず、ではなく、将(まさ)に来たらんとす、の意味で。

人は普通、過去・現在・未来とは言うが、過去・現在・将来とは言わない。時間の流れの表記は、普通は未来でもいいのだろう。未来に何かが加わり、将来になるのだろう。それが信仰であるかも知れない。

未来を将来に転換し、その対象が日々、到来している実感、そこに再臨信仰の真髄があるのかも知れない。確実な未来の出来事に投企する幸い、それが信仰の最終段階なのだと思う。

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2011年1月24日 (月)

織江の唄

NHKのラジオ深夜便で、五木寛之さんの話「わが人生の歌語り」を長く、感銘深く聴いていた。その中で、五木さんの著書『青春の門』から「織江の唄」が作られたことを知らされ、山崎ハコさんの歌を聞いた。作曲・山崎ハコ、作詞・五木寛之、歌・山崎ハコであった。独特の声と思った。何か忘れられない印象も受けた。情景が浮かんでくるようで、歌詞も心に残った。

今日、書店に行くと、『青春の門』が第一部から第四部まで文庫本で並んでいた。この本は、何か暗い感じがして、読むのをためらっていた。自分自身が、どこか暗い性質なので、余り暗い小説を読むと、気が滅入ってしまうのではないかと思われた。しかし、暗さのない、ただ明るいばかりのものにも、深みを感じることがなく、こちらも敬遠している。暗さと明るさが、適当に混じっているのがよい。

自宅近くのTUTAYAで、山崎ハコさんのCDを借りてきた。もちろん、「織江の唄」も収録されていた。山崎さんも、どちらかというと、暗い感じが漂っているのかも知れないが、声が独特で、時に迫力もあり、印象に残る歌手である。

五木さんの話を聞かなければ、「織江の唄」も聞く機会がなかったであろう。しかし、まだ、織江の物語を読もうと気にはなっていないけれど。

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2011年1月23日 (日)

二様の過去・現在・未来

連れ合いの母が、地下鉄サリン事件の起きた年に、東京・杉並区天沼にある東京衛生病院で亡くなった。この病院はセブンスデー・アドベンチスト教会の医療法人財団アドベンチスト会の運営する医療機関である。セブンスデー・アドベンチスト教会には教理的に分からない個所もあり、あまり関心がなかった。

最近、再臨に関心を持つようになり、関連資料を見ている。セブンスデー・アドベンチスト教会は再臨待望運動の中から生まれ、再臨の日にちを特定した。現実には、それが実現せず、解釈で乗り越えた。日本での再臨運動で知られる内村鑑三は、再臨日の特定には反対していた。

再臨解釈では異論があるかもしれないが、セブンスデー・アドベンチスト教会は、現在でも、重要なメッセージを持っているのではないだろうか。しかし、一般には浸透していかない。

そのメッセージというのは、再臨は教会の信仰であるという点である。統一教会の文鮮明氏が、自分は再臨主と言ったそうだが、それも、どういう意味で言ったのであろうか。もし、教会の待望する再臨の主であれば、三位一体の神の一つの位格としての神の来臨であれば、聖霊もまた、それを証しするであろうし、全教会が、そのもとに一つになるであろう。そこには、もはや議論などはない。教会一致は、即座に実現するのではないだろうか。

アドベントというと、クリスマスの前の待降期間を指すが、アドベンチストは、過去を見る降誕主義者ではなく、再臨は近いという、いってみれば、再臨主義者である。降誕と再臨は、英語(アドベントやアドベンチスト)を見れば、関連があるということを予想できる。

時間は、過去・現在・未来という方向に流れている。この順番を考えれば、クリスマスの後に、イースター、ペンテコステと続いている。

しかし、信仰の時間意識で見れば、イースターが過去、ペンテコステが現在、そしてクリスマスが将来となるかもしれない。ペンテコステは教会の誕生日を指すのであれば、それは過去を意味するのではないか。いや、ここでは、過去と見るのではなく、聖霊臨在の今を意味している。

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2011年1月18日 (火)

江の時代

NHK大河ドラマ「江(ごう)~姫たちの戦国~」が始まった。昨年は「龍馬伝」だった。日本の歴史の変わり目に当たる時代が選ばれている。江の時代、キリスト教が日本に紹介され、やがて禁止され、龍馬の時代、再度、この宗教が日本に来た。日本の転換期がキリスト教伝来と重なっている。

もう一度、日本の「原点」ともいえる、これらの時代が回顧されるのは日本の将来を考えることにつながるであろう。

江の時代、フランシスコ・ザビエルがキリスト教を日本に伝えた。ザビエルと言えばイエズス会、イエズス会と言えば創立者のイグナチオ・デ・ロヨラを思い出す。しかし、このイグナチオは元々の本名イニゴではなく、改名後の名前で、殉教したアンティオキアの司教の名前、イグナティオスから来ている。その司教は使徒ヨハネの弟子であり、ヨハネはイエスにつながっている。なぜ、イニゴが、イグナティオスに自らを関係づけたかは、知らない。

イエズス会といえば、西洋近世の中で、カトリック復興が起きて、その中で、プロテスタントとの対峙で知られている。明治以降の近代日本では、もちろん、キリスト教といえば、プロテスタントが主流であった。プロテスタント教会で信仰を持った人も多いと思う。そんな個人の信仰史の中で、イエズス会は、やはり、どこか批判的な目で見る傾向があるのではないだろうか。イエズス会の人たちに対して、パスカルが擁護した信仰は、カルビン系に近かったし、その源流はアウグスチヌスに遡ることができる。

しかし、歴史は、宗教改革の指導者たちの思惑通りには進まず、カトリック教会はなくならなかった。その流れをつくったのがイエズス会と、歴史は教えている。

イエズス会は、創立者が元軍人であったため、軍隊的な体質を持っているといわれる。上の者への服従が、その内容であるが、これは軍隊経験から来たのであろうか、そこに、アンティオキアのイグナティオスの影響はなかったのであろうか。彼はローマで殉教する旅の途中で手紙を書いたが、そこには、教会論、秘蹟論、司教論といった、最も初期の神学論が展開されている。

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2011年1月14日 (金)

与謝野馨さん

今日、大臣になった与謝野馨さんのウィキペディア紹介記事を見ると、宗教欄に「カトリック教徒とされる。ただし洗礼は受けていないとのこと」とある。洗礼を受けないで、カトリック教徒になれるのだろうか。

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2011年1月12日 (水)

伊達直人

漫画、タイガーマスクの主人公、伊達直人の名前で、施設などにランドセルなどが届けられている。一種の社会現象になっている。タイガーマスクの作者は梶原一騎で、人気漫画家だった。しかし、余り読んだことがない。私などは、むしろ、1951年から『冒険王』で連載が始まった「イガグリくん」の方を夢中になって読んだ。この漫画は3年続き、作者の福井英一は1954年、33歳で亡くなった。

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2011年1月11日 (火)

中世志向

プロテスタントの挑戦への対抗の意味もあったカトリックのトリエント公会議では聖書の傍らにトマス・アクィナスの『神学大全』が置かれていたという。しかし、トマス本人が臨席していたら、違った結果になったのではないだろうか。トマスは、最大限、対話を可能にする精神であったと、その主著を読んで感じる。

トマスの教説の護持と、その精神の継承とは違うように思う。前者は過去の中世を見ているが、後者は新しき中世を見ている。

歴史的中世の繰り返しは不可能であるとは、トマス再考を促していたジャック・マリタンも、また吉満義彦も言っていたと思う。過去ではなく、未来を、将来を考えなければならない。

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2011年1月10日 (月)

再生

キリスト教信仰の中で、再生という言葉がある。洗礼の本質を指しているのかも知れない。聖霊による生まれ変わりという意味でもある。

ところで、再生は、以前の生に戻るのだから、キリスト者の再生とはおかしいという指摘があった。罪のある生に再生されても、なお原罪の処理はされず、その意味で罪人としての本質は維持される、そういう意味に受け取ったのだろう。

米国では、聖霊による生まれ変わりの経験が重んじられている。特に、福音派ではそうである。ボーン・アゲインという言葉もある。しかし、アゲインは「再」を意味するのではないだろうか。この再は、しかし、「新」の意味である。

改革派系の教会では、主に「再生」が使われているが、バプテスト系の教会では、「新生」が使われている。「新生賛美歌」というものもあったと思う。

ところで、この再生・新生は、教会員を区別するかも知れない。新生者と、そうでない信徒という意味である。ジョン・ウェスレーも、ジョージ・ホイットフィールドも、そうだったという。今で言えば、異言のようなものかも知れない。しかし、聖霊による生まれ変わりと、異言とは、やはり信仰の基準としては違うと思う。前者は、なくてならぬもの、後者は、そこまでは言えないであろう。

水による洗礼を軽視しているのではないが、やはり、それとは違うもの、回心の本質が、その瞬間があるのだろう。

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2011年1月 9日 (日)

反キリスト

教会一致運動はプロテスタント教会の中から始まった。教派の弊害が強く感じられたからではないだろうか。やがて、カトリック教会も、第二バチカン公会議から、この流れに同調するようになった。

しかし、宗教改革者らが教皇を反キリストと見ていた事実への解釈がなければ、なかなか一致は進まないであろう。たとえば、ウェストミンスター信仰告白の中に、そんな個所がある。最近は、それに対する解釈で、そのまま受け取る必要はないようではあるが、そういう解釈がなければ、心理的には一致への障害であり続けるであろう。

教会史を見れば、反キリストのレッテルは、必ずしも汚名ばかりではないと発見するかもしれない。

神聖ローマ皇帝のフリードリヒ二世は反キリストと呼ばれ続けたという。彼は、第六回の十字軍を成功させたが、武力を使わず、交渉で聖地奪還を成し遂げた。「イスラムを殺戮させなかった」ことを問題にされて、反キリストと呼ばれ、教会を破門されたという。

彼が育ったシチリア王国は、キリスト教徒とイスラム教徒が共存していて、宗教的偏見から自由であったのが、影響したらしい。

今から見れば、その行為はほめられたであろうが、当時の価値観では逆だったのだろう。

歴史は重要である。しかし、教会といえども、さまざまな罪をおかしているのではないだろうか。ローマ教皇ヨハネ・パウロ二世が、新しい世紀を迎える前、教会のこれまでの歴史を振り返り、反省を表していた。

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天使祝詞

天使祝詞は、次のような祈りである。

「めでたし 聖寵充ち満てるマリア、
主御身とともにまします。
御身は女のうちにて祝せられ、
御胎内の御子イエズスも祝せられたもう。
天主の御母聖マリア、
罪人なるわれらのために、
今も臨終のときも祈り給え。アーメン」

天使祝詞の前半は大天使ガブリエルのマリアへの受胎告知のあいさつ、続いてエリザベトによるマリアへの挨拶。後半は、聖母への祈願。

エリザベトは、洗礼者ヨハネの母であった。そして、イエスは、ヨハネに旧約時代における最大の人物といったことを言った。

ということは、前半部分は、旧約世界がイエスに挨拶をしている、エリザベトは旧約世界を代表して、イエスに挨拶をしている、と見ることもできる。

では、後半は何か。

新約時代における祈願である。もちろん、マリアを通して、イエスへの祈願である。罪人とある。これは何か。義認を終わった信徒が、なお義認を求めているのではないと思う。聖化の中にいる信徒は、その完成を求めている。その中で、罪人という言葉が使われているのかもしれない。

一つの解釈かも知れない。しかし、解釈によって、身近になるものもある。

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2011年1月 5日 (水)

聖霊を汚す

NHKラジオ深夜便で「深夜便のうた」として紹介された「明日の朝、神様がいらっしゃるよ」の中に、こんな歌詞があります。

「明日の朝 神様がいらっしゃるよ
愛を汚した罪人たちに
剣の裁き下しに」

厳しいなあ、と思いました。しかし、聖書の、あの個所を思い、同じようなものだろうと思いました。聖書には、こうあります。

「また人の子に対して言い逆らう者は、ゆるされるであろう。しかし、聖霊に対して言い逆らう者は、この世でも、きたるべき世でも、ゆるされることはない」(マタイ12・32)

「また、人の子に言い逆らう者はゆるされるであろうが、聖霊をけがす者は、ゆるされることはない」(ルカ12・12)。

聖書では、聖霊とあり、歌では愛とあります。この二つは一つといってもいいかも知れません。「神は愛なり」と言うのですから。

神に生きるとは、愛に生きること、そして、愛に生きるとは、神に生きること。この二つは同じことなのだろうと思います。

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2011年1月 3日 (月)

初夢

内村鑑三の「初夢」は、以下のようなものでした。

恩恵(めぐみ)の露、富士山頂に降り、滴(したた)ってその麓をうるおし、溢れて東西の二流となり、その西もものは海を渡り、長白山(ちょうはんさん)を洗い、崑崙山(こんろんざん)を浸し、天山、ヒマラヤの麓に灌漑(みずそそ)ぎ、ユダの曠野(あれの)に至って尽きた。その東のものは大洋を横断し、ロッキーの麓に黄金崇拝の火を滅ぼし、ミシシッピー、ハドソンの岸に神の聖殿(みや)を潔め、大西洋の水に合して消えた。アルプスの嶺はこれを見て曙(あけぼの)の星とともに声を放って謡(うた)い、サハラの砂漠は喜んで蕃紅(さふらん)の花のように咲き、こうして水が大洋を覆うように主を知る知識は全地に充ち、この世は化してキリストの王国となった。私は睡眠(ねむり)より覚め、独(ひと)り大声で呼んで言う、「アーメン、どうか聖旨の天に成るように地にも成らせよ」と。

冒頭、「恩恵の露、富士山頂に降り」とあります。その意味するところは深いかも知れません。単なる日本中心の思想ではなく、神秘的日本の洞察があるのかも知れません。内村は、どこかで、ミステリアス・ジャパンと言っていたように思います。

そのあとに、「滴ってその麓をうるおし、溢れて東西の二流となり」と続きます。すなわち、麓、日本を生気づけ、やがて、溢れて、外国に流れていくという意味でしょうか。「うるおし、溢れて」という個所を思う時、宣教というものは、まず受け止めた者を満足させて、その満足が溢れて、その過程で成り立つものだという意味かも知れません。日本に神の恵みが溢れる時、それは当然、外の国々に流れていきます。だから、宣教の条件は、神の恵みをいっぱいに受け取ること、それを自分の中で溢れさせることかも知れません。

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2011年1月 2日 (日)

富士山

富士山を仰いで、新年を祝う時、遠い昔、富士山によく似たアララト山に漂着したというノアの箱舟に思いを馳せて、ノアたちと同様に新時代を祝すのだとの思いを抱くのは、日ユ同祖論者でなくとも、日本のキリスト者に許されていると思ってもよいのではないだろうか。

内村鑑三の有名な詩に「初夢」がある。(参照  http://homepage.mac.com/abukuma/mukyokai/abukuma/hatsuyume_jp.html)

恵みの最初は聖霊降臨であろうが、それは再臨待望につながっている。そのような展望の中にアララト山に似ているという富士山を位置づける時、それは日本民族の使命を示唆しているのかも知れない。

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