« 再生 | トップページ | 伊達直人 »

2011年1月11日 (火)

中世志向

プロテスタントの挑戦への対抗の意味もあったカトリックのトリエント公会議では聖書の傍らにトマス・アクィナスの『神学大全』が置かれていたという。しかし、トマス本人が臨席していたら、違った結果になったのではないだろうか。トマスは、最大限、対話を可能にする精神であったと、その主著を読んで感じる。

トマスの教説の護持と、その精神の継承とは違うように思う。前者は過去の中世を見ているが、後者は新しき中世を見ている。

歴史的中世の繰り返しは不可能であるとは、トマス再考を促していたジャック・マリタンも、また吉満義彦も言っていたと思う。過去ではなく、未来を、将来を考えなければならない。

|

« 再生 | トップページ | 伊達直人 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 再生 | トップページ | 伊達直人 »