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2011年1月 9日 (日)

反キリスト

教会一致運動はプロテスタント教会の中から始まった。教派の弊害が強く感じられたからではないだろうか。やがて、カトリック教会も、第二バチカン公会議から、この流れに同調するようになった。

しかし、宗教改革者らが教皇を反キリストと見ていた事実への解釈がなければ、なかなか一致は進まないであろう。たとえば、ウェストミンスター信仰告白の中に、そんな個所がある。最近は、それに対する解釈で、そのまま受け取る必要はないようではあるが、そういう解釈がなければ、心理的には一致への障害であり続けるであろう。

教会史を見れば、反キリストのレッテルは、必ずしも汚名ばかりではないと発見するかもしれない。

神聖ローマ皇帝のフリードリヒ二世は反キリストと呼ばれ続けたという。彼は、第六回の十字軍を成功させたが、武力を使わず、交渉で聖地奪還を成し遂げた。「イスラムを殺戮させなかった」ことを問題にされて、反キリストと呼ばれ、教会を破門されたという。

彼が育ったシチリア王国は、キリスト教徒とイスラム教徒が共存していて、宗教的偏見から自由であったのが、影響したらしい。

今から見れば、その行為はほめられたであろうが、当時の価値観では逆だったのだろう。

歴史は重要である。しかし、教会といえども、さまざまな罪をおかしているのではないだろうか。ローマ教皇ヨハネ・パウロ二世が、新しい世紀を迎える前、教会のこれまでの歴史を振り返り、反省を表していた。

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