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2011年2月 2日 (水)

野外伝道

野外伝道というと、ジョン・ウェスレーの活動を思う。彼は、このやり方を同僚のジョージ・ホウィトフィールドから伝授された。

では、ホウィトフィールドは、なぜ野外での伝道に踏み切ったのか。それは、教会での説教が許されなかったからである。なぜか。

ウィキペディアによれば、当時の国教会の聖職者たちは、洗礼を受けた者がクリスチャンで、ホウィトフィールドが、洗礼を受けた者も新生する必要があると主張したためと指摘している。

ホウィトフィールドにおいては、洗礼と新生は別のものと考えられていた。それを率直に語ったのかも知れない。現代の大衆伝道者たちも、そうではないだろうか。

ホウィトフィールドの主張に腹を立てた国教会の聖職者たちは、洗礼即新生という考え方だったのだろうか。事効的効力(エクス・オペレ・オペラト)としては理解できても、歴史は、それのみではないと言っているように思う。パウロは、回心のあとに洗礼を受けている。この回心は、彼においては新生の瞬間と思われる。

なお、この事効的効力の考え方は、トリエント公会議で、カトリックの教義として決定されたという。

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