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2011年5月 2日 (月)

想定

東日本大震災の課題。最近、震災に関して「想定外」という言葉をよく聞く。そんな事態に直面して頭が真っ白になり、対応が遅れ、状況がますます悪化する。だから、できるだけ、「想定外」をなくし、どんなことが起きても対応できるように準備しておこう。これが一つの教訓。

しかし、よく考えれば、人は誰でも未来を想定して生きているのではないだろうか。その想定を見直すこと、個々人の生活の改善は、そこから始まるのかも知れない。

しかし、なお考えれば、震災での反省点である「想定外を想定せよ」は、一体可能なのだろうか。想定された想定外はありえないのではないだろうか。なぜなら、想定されれば、想定外の「外」はなくなるであろうから。

想定の問題に関連して、最大の想定外は、人間の死であろう。誰でも、この想定外がやがて現実になることを知っている。しかし、それを想定して生きることはしない。人は絶望の中で生きていくことはできないという意味である。だから、余り考えないことにしている。それが多くの人たちの現実ではないだろうか。

想定があれば、安全対策もある。しかし、今回の震災のように、死はいつやってくるか分からない。だから、究極の安全対策というものは、人間は決して安全ではないということを常に想定することなのだと思う。それは、死ぬ時の準備を常に怠るなかれ、ということである。しかし、そういうことを言うと、全く想定することができなくなる人もいるかも知れない。それが人間の真実の姿であろう。そして、課題が、そこにあるのだろう。

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