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2011年6月20日 (月)

煉獄

『ふしぎなキリスト教』(橋爪大三郎・大澤真幸、講談社現代新書)の中で、対談者の一人、橋爪氏は「宗教改革のあと、いろいろ批判されて、…煉獄とか免罪符とかの教義はすべてなくなったんだけど、」(293ページ)と、カトリック教会の現状を説明しています。しかし、煉獄の教えはなくなっていないと思います。

煉獄については、『カトリック要理』(昭和47年)第一部第十四課「死と死後のこと」の中に、練獄(煉獄とは字が違う)が出てきます。だから、煉獄の教義はなくなっていないでしょう。

煉獄では何をするのか。それは「きよめ」と言われています。「天国の幸いを受ける前、心の汚れを完全にきよめ、残された償いを果たすことです」とあります。

ここで、注意したいのは、「天国の幸いを受ける前」という部分です。というのは、煉獄は永続するものではなく、ここに来た魂はやがて天国に行くという理解が、ここにあります。煉獄に来て、地獄に行くという選択はないということです。ということは、天国か地獄かは、この地上で決まるということを意味します。

このように読むのであれば、ここには米国の大覚醒を生んだ意識に直結するものが隠されているように思います。これを知って、私は、少し驚きました。

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