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2011年6月10日 (金)

日本仏教の宗教改革

日本仏教の宗教改革者というと、あるいは親鸞を連想する人が多いかも知れない。しかし、親鸞の前に法然がいた。法然こそ、日本仏教の宗教改革の発端をつくった人ではないだろうか。そして、この二人とキリスト教の宗教改革を対比して考えてみるとおもしろいかも知れない。

親鸞は日本のルターだったのであろうか。そう思う人も多いかも知れない。信仰のみ、信仰義認のルター、悪人正機、絶対他力の親鸞には信仰の形に類似点があろう。カール・バルトも親鸞を知って、キリスト教信仰に近いと驚いていた。しかし、キリスト教(プロテスタント)と日本仏教を比較する時、ルターに対応しているのは法然であろうという見解もあると思う。では、親鸞はどうなのか、と言えば、カルビンに対応しているのである。これには説明が必要であろう。

この着想は、かつて、NHKラジオ深夜便で、ひろさちやさんの講演を聞いたことで思いついた。ひろさんは、法然と親鸞の違いを説明された。法然における「念仏を唱えることの必要」と、親鸞における「いや、それすらも条件ではない」という違いである。

キリスト教の側にも、信仰の必要の指摘と、それが条件となれば、神人協力説、半ペラギウス主義になるとして、その条件性を否定する人たちもいる。信仰の必要では一致しつつも、その見方で、あるいは発展があるのかも知れない。

ひろさんの話を聞きながら、法然と親鸞の違いに、ルターとカルビンの違いを思った。カルビンの予定説の中では、ただ、神の決定に信頼を置く信仰の姿勢がある。親鸞の場合は、阿弥陀仏への絶対的信頼で、それが人間の側の念仏の「行為」を超えているとしたら、そこには予定説のカルビンとの近さも洞察されるのではないだろうか。ルターとカルビンの違い、そんな違いが法然と親鸞の間にも、あるいはあるのかも知れない。

しかし、日本の仏教は、南無阿弥陀仏で終わらなかった。そのあと、南無妙法蓮華経の新たな立場が現れたのである。もし、この違いをキリスト教と対比して考察すれば、南無阿弥陀仏はルター、南無妙法蓮華経はカルビンとして、その類似点を思いつくかも知れない。南無阿弥陀仏は信仰のみ、南無妙法蓮華経は聖書主義の立場である。もちろん、宗教改革は「信仰のみ、聖書のみ」で、共に主張しているとも言えようが、ルターとカルビンの間には強調点の違いがある。

南無妙法蓮華経は、法華経を奉じるという姿勢である。キリスト教の中で聖書主義を強調する信仰が発展していったのは、改革派の中においてではなかったであろうか。特にオランダ改革派教会の歴史の中で、聖書の客観的権威が確立していったことを思うと、何か、日本の日蓮の起こした宗教との類似性を思わされるのである。

親鸞は法然を土台として、その次の段階を見ているとしたら、それはルターの次に登場したカルビンを予想させる。また、南無阿弥陀仏のあとに南無妙法蓮華経が登場したことのつながりを考えるなら、やはり、ここにもルターのあとに登場したカルビンを予想させるものがあるように思う。もちろん、キリスト教的解釈は、南無阿弥陀仏と南無妙法蓮華経を対立的にではなく、発展的に解釈しているのである。

法然と親鸞、ルターとカルビンを、それぞれ対応させて考えてみるのも、興味深いのではないだろうか。

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