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2011年6月 8日 (水)

神の国と教会

「プロテスタントは別れた兄弟」とカトリック教会の第二バチカン公会議では言っている。兄弟とは、信仰の一致の可能性を表明した表現であろう。そこでアウグスチヌスに注目することが教会一致に必要かもしれない。彼の信仰はプロテスタントに親近性があるから。ルターにおいても、またカルビンにおいても。一般的には、プロテスタントの信仰の系譜は「パウロ、アウグスチヌス、ルター」と続くと見られている。カルビンもその線上にある。そして、アウグスチヌスはカトリック司教であった。彼のあとに、彼のような影響のあるカトリック司教を知らない。

さて、ベルジャーエフは、著書『奴隷と自由』の中で、「教会を神の国と同一視し、教会の歴史的観念を、神の国の終末的観念と同一視することは、聖アウグスチヌスに由来するが、また客体化された意識から産まれる幻想の一つである」と言っている。

これはアウグスチヌスが著書『神の国』で無千年王国説を説いたことと無関係ではないであろう。これがカトリック教会の立場になっているようだ。しかし、彼は、同じ著書の中で、神の国を地の国と対立させているが、その中で、教会と神の国とを同一視してはいないと思う。ベルジャエーフの理解は一面的ではないであろうか。

アウグスチヌスは千年王国説に関連して、最初は前千年王国説(千年王国の前に再臨がある)であったが、のちに無千年王国説になったと言われている。その変更の理由は何だろうか。

千年王国については、三つの立場がある。一つは前千年王国説、一つは後千年王国説、一つは無千年王国説。3世紀までの教会は前千年王国説だったと言われている。教会が迫害下にあり、殉教者たちが多く出た時期、再臨を待望する信徒たちは多くいたのであろう。理解できることではないだろうか。そして、プロテスタントの福音派では、この立場を表明する人たちが正統意識を表明している場合もある。

しかし、疑問もある。前千年王国説では、再臨、携挙、ハルマゲドンと続くように言われているが、そうなると、千年王国のあとに混乱もなく新天新地が始まることになる。しかし、聖書は千年期のあとにサタンの一時的な活動があると言っているように思うが、それはハルマゲドンではないということになる。

一方、後千年王国説は、比較的穏健だけれど、二つの大戦のあと、すたれたとも言われている。しかし、ある人たちは、この立場を主張している。

いろいろと疑問は尽きない。

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