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2011年7月31日 (日)

十字架の意味

日本人はよく謝罪する。謝罪する人は善人なのだろうか、悪人なのだろうか。善人なら謝罪の必要はないだろう。悪いことをしたから謝罪するのではないだろうか。

前教皇も世紀末に謝罪したことがあった。恐らく、本人ではなく、教会が悪いことをしてきたから、その代表として謝罪したのだろう。日本には悪人正機という教えもある。

十字架というのは、神(御父)の人間に対する謝罪の表明なのかも知れない。私もまた十字架を信じ続けることを通して、隣人に対する謝罪を表明し続けたい。

この神については、全知全能、愛なるお方だから、誰も滅びるはずがない、みんな救われる、と考える人がいるかも知れない。論理的には間違っていないようだし、万人救済説というのもある。しかし、現実は違うように思う。それを見ると、現実においては、神は泣いているように思う。十字架に、その思いを察することができる。

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2011年7月29日 (金)

カトリックとプロテスタント

昭和40年、東京・四谷のカトリック系大学にカトリック研究会があった。私は大学に入学して間もなく、その部に入った。部員の一人が「プロテスタントは異端です」と言った。そこで、対話は切れたと思い、退部した。その時、「プロテスタントの一部」と言えば、その通りだろうと思う。しかし、その時は、ルター、カルヴァンなどを指していると、私は勝手に思った。その人は今は神父になっていて、海外でも活躍している。一度、その人に会う機会があり、そのことを聞いたら、「覚えていない」と言われた。

大学では、間もなく紛争が起きて、カトリック研究会も名前を変えた。

ところで、池上彰さんの近著に『池上彰の宗教がわかれば世界が見える』(文春新書)がある。そこで、こんな会話がある。

池上彰「カトリックとプロテスタント、そして東方正教会にはどんな教義の違いがあるのでしょうか」山形孝夫「教義上の違いはありません。そう断言してよいと思います」

一般的にはカトリック教会とプロテスタント教会の間には、相互に批判の応酬があり、今でもあるだろう。しかし、「教義上の違いはない」と山形さんはいう。その意味は、こうではないか。プロテスタントもカトリック(ローマではない)であり、カトリックでなくなったプロテスタントを異端と言っている。そのようなカトリックを、ある人はエクレシア・カトリカという。

「あなたは、なぜカトリックか」と、問われるなら、私は、こう答えよう。「私は、キリスト教会において、ローマ教皇の必要性を認めているから。教皇が人間として、善人であるか悪人であるかは関係ない」と。見える団体に長は、やはり必要である。その意味では、聖公会でも理解する人はいるのではないだろうか。また、そこには、アウグスチヌスの対ドナティスト論争の考え方も含まれているかも知れない。

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2011年7月26日 (火)

カルヴァンとウェスレー

若い時、カルビニズムに関心と魅力を感じていた。今、思うに、カルビニストにとって、実存とは自分の実存というより、教理体系に移行しているように思うことがある。その意味で、そのいくつかの著書には実存的雰囲気が漂っていた。

実存と言えば、ウェスレーの方が実存的に思える。ところで、その教えにある先行的恩寵とは何であろうか。彼もカルビニズムの全的堕落は受け入れていた。それだけでは不十分なのだろうか。

ウェスレーは救いの可能性に着目したのではなく、その前提である信仰の可能性に着目し、それを肯定したかったのではないだろうか。信仰がなければ救われないという点を見ていた。もちろん、それも自然的な可能性ではないけれど。

伝道者は救いの道を語るのが仕事である。そして、救いの道の関門は信仰である。全的堕落で、その信仰の可能性までも否定されるのであれば、伝道者には沈黙する以外の道はないだろう。ここに先行的恩寵の意義があるのではないだろうか。

神を見ていると言っても、カルヴァンは父を、ウェスレーは聖霊を見ているのかも知れない。その違いがあっても、両者は子と共に一体である。だから、カルヴァンを選ぶか、ウェスレーを選ぶかの二者択一の必要はない。しかし、かつて、カルヴァンの教会の教職が、祈りでウェスレーに言及し、少し違和感を覚えたが、やがて、その人は教会を去って、カリスマ派に転じた。

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池上彰さんの近著

文春新書『池上彰の宗教が分かれば世界が見える』が新刊で書店に並んでいます。著者は池上彰さん。

読後感は、お勧めです。高齢化社会では、老、病、死は人事ではありません。準備を怠ってはなりませぬ。

その中で、「キリスト教原理主義」との言葉が使われていました。もう根本主義の名前は一切使われていません。ファンダメンタリズムを根本主義と訳したのは植村正久でした。彼が明治学院で教えていた時、その教科書がリベラルということで、南長老ミッションとの間で対立が起きて、彼は明治学院を去りました。しかし、そんなことも多くの人は忘れているでしょう。時代は植村正久におさらばしています。

さて、池上さんは「キリスト教原理主義団体やそこまでは排他主義的でない聖書信仰の団体までを含めて、福音派、エバンジェリストといいます」と書いています。そこには間違いがあると思います。

エバンジェリストは福音書記者、あるいは伝道者、巡回説教者をさしていて、福音派はエバンジェリカルといいます。言葉としては形容詞のようですが、名詞としても使います。

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携挙

イエスは、自分に従いたいなら、家族との絆を考えるな、と言われた。血縁とは、普通の人間には強い絆であるが、もっと強い絆にあなたは入るので、血縁の絆を考える余裕がなくなってしまうよ、という意味だろうか。

残された家族にとっては、身内が突然、携挙されたように思うのではないだろうか。

携挙は、漢字から意味は分かるけど、英語のラプチャーから、その意味を探ることは難しい。ラプチャーの意味は有頂天、狂喜、歓喜。

思えば、携挙の携は携帯の携だ。携挙の時には携帯が活躍するよ、という暗示なのだろうか。

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法然と親鸞

法然は「おまかせします」の姿勢、親鸞は「まかせて欲しい」という仏を知ること。法然と親鸞の違いは、どこかルターとカルヴァンの違いに類似している。

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2011年7月20日 (水)

善と悪

猛暑悪   台風も悪  悪が来て

  他の悪が去り   涼善の幸

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2011年7月13日 (水)

人生

煩悩で  喜怒哀楽の  世を送り

  暇をつぶして  はいサヨウナラ

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身近な避暑地

200円  アイスコーヒー  一杯で 

  誰でも行ける     ドトール避暑地

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2011年7月12日 (火)

アウグスチヌス再考

アウグスチヌスが煉獄の教えと関係があるという指摘がある。どう関係しているのか、私は知らないが、アウグスチヌスは一人なのだから、プロテスタントとカトリックとのエキュメニズムの対話には、彼を抜きにしては無理かも知れない。ケァンズは福音派の人物で、彼の著書『基督教全史』はよく読まれたと思う。

「アウグスチヌスはプロテスタント側からは宗教改革思想の先駆者の一人と見られている。それは、ご自身の選びたもうた者を必ず救いたもう神の絶対主権による恵みの結果として、人間が原罪から救われるということを強調しているからである。しかし、人間がどういうふうに救われるかについての議論について、アウグスチヌスは、見える制度としての教会と、その信条と礼典と伝道とをあまりにも強調しているので、ローマ教会はかれをローマ・カトリック主義の父と見ている。彼がこのように強調したのは、一方にはペラギウス派の主張を、他方にはドナトゥス派の主張を破るためであったことを、心に留めるべきであろう。聖書の部分を解釈するのに聖書全体の主張を考慮しなければならないという彼の主張は、教会にとって永久的価値のある原理となっている。
 これらの永久的功績があるにもかかわらず、アウグスチヌスはキリスト教の思潮のなかへ、いくつかの過誤を持ち込んだ。彼は煉獄の教義とそれにともなうすべての害悪とを発展させるのに力があった。バプテスマと聖餐式との二礼典の価値を重んじた彼の見方の論理的な結果として、バプテスマによる更正と聖餐式による恵みとが強調された。
 アウグスチヌスのこうした強調のゆえに、キリスト教会にとっての彼の重要性を無視すべきではない。パウロとルターの間において、教会には、アウグスチヌス以上に偉大な道徳上および精神上の人物はいないのである」(『基督教全史』E.E.ケァンズ著)

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復興の原点

東日本大震災で、かつての阪神・淡路大震災(平成7年1月17日)もよく語られるようになった。その直前、平成6年12月30日に、関西学院大学理事長・院長で知られた久山康氏が急逝された。79歳であった。『兄弟』438号(1995年1~3月)は「久山康先生追悼号」になっていて、その影響の大きさを後世に証言している。

その久山氏の遺作が「鵙(もず)よ鳴け 知り人すべて 消えし世に」であった。

今、東日本大震災で復旧・復興が大きな課題となっている。復旧は、元に戻すこと、しかし復興には新しい質が問われる。では、復興はいかにして達成されるのであろうか。その時、久山氏の、この世に残した多くの遺産を思う。復興は、まず人づくりから始めなければならない。そこで、久山氏の遺作に応えて、一句を作った。

「鵙よ鳴け 歴史をつくる 若人のため」

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2011年7月11日 (月)

有名人の受洗

四半世紀前に、京都の一灯園に行ったことがある。創立者・西田天香さんの質素な生活に見習いたい。その西田さんが洗礼を受けていたと知ってビックリした。と゜うやら本当らしい。
http://sites.google.com/site/tomaozaki/Home/toumei-tusin/tu201101

それに、菅総理の師匠筋に当たる市川房枝さんは組合教会で洗礼を受けたらしい。しかし、ユニテリアンとしての一面もあるらしい。その信仰が余り知られていないのは、そのためなのだろうか。
http://www.asyura.com/0403/idletalk9/msg/216.html

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