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2011年7月31日 (日)

十字架の意味

日本人はよく謝罪する。謝罪する人は善人なのだろうか、悪人なのだろうか。善人なら謝罪の必要はないだろう。悪いことをしたから謝罪するのではないだろうか。

前教皇も世紀末に謝罪したことがあった。恐らく、本人ではなく、教会が悪いことをしてきたから、その代表として謝罪したのだろう。日本には悪人正機という教えもある。

十字架というのは、神(御父)の人間に対する謝罪の表明なのかも知れない。私もまた十字架を信じ続けることを通して、隣人に対する謝罪を表明し続けたい。

この神については、全知全能、愛なるお方だから、誰も滅びるはずがない、みんな救われる、と考える人がいるかも知れない。論理的には間違っていないようだし、万人救済説というのもある。しかし、現実は違うように思う。それを見ると、現実においては、神は泣いているように思う。十字架に、その思いを察することができる。

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