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2011年8月28日 (日)

8月28日

8月28日はアウグスチヌスの亡くなった日(430年)。75歳だった。古代キリスト教の神学者で、ラテン教父の一人。東西教会の分裂、宗教改革と、その教えが絡んでいる。

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宮沢賢治誕生

8月27日は詩人、宮沢賢治の誕生日(1896年)。1933年9月27日、37歳で没。「雨にも負けず」のモデルが無教会関係者だったという説も。

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マザー・テレサ誕生

8月26日はマザー・テレサの誕生日(1910年)。1997年没。だいぶ前、世界教会協議会が週刊ニュース(EPS)を発行していたが、廃刊になり、月刊「One World」が発行され、そこにマザーの活動が載った。千葉監督が映画で紹介する前のこと。

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2011年8月26日 (金)

松前重義没

8月25日(1991年)、東海大学創立者、松前重義没。89歳。若い時、内村鑑三に師事した。内村が一時、校長を勤めた女子独立学校は、精華学園になり、今は東海大学付属望洋高校に。内村校長時代、精華学園になっていたが、内村伝には精華の文字はない。

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聖バーソロミューの虐殺

聖バーソロミューの虐殺はユグノー戦争の時期、フランスで起きた事件(1572年8月24日)。カトリック側が改革派を大量虐殺した。犠牲者は3000~4000人と言われる。日本では室町幕府の時代。

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森有礼誕生

8月23日は、初代文部大臣、森有礼の誕生日(1847年)。41歳で逝去。一橋大学の創設者。米国留学中、キリスト教に関心を持った。子に牧師の明、孫に有正(仏文学者)、綾子(平和運動家)。

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2011年8月22日 (月)

北原怜子誕生

8月22日はゼノ修道士の影響で奉仕活動をした人、蟻の町のマリアと言われた北原怜子(さとこ)の誕生日(1929年)。28歳で帰天。その活動の拠点だった蟻の町教会は今、潮見教会。その場所の近くに、今、カトリック中央協議会がある。

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2011年8月12日 (金)

東日本大震災

東日本大震災から5か月が経過しました。なお、関連記事が新聞を埋めています。悲しみは国民みなが共有していると思います。

一瞬を  過ぐれば 人の絆なく  ただ呆然と  立ちすくむのみ

何事か  為さんと生まれ  きにけれど  何事もせず  永遠の別れか

多くの人が大きな可能性を秘めていたと思います。その可能性の実現が永遠に去って、なくなってしまいました。

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2011年8月 8日 (月)

福音派回想

昔、宗教改革の意義を考えていた。本によれば、キリスト教におけるギリシャの影響を排除しようとしたのが宗教改革の意図であったという。確かに中世はギリシャ思想なしには考えられない。

ギリシャとは何か、それは人間の立場である。普遍的な人間の立場の追求である。だから、そこでは、西洋、東洋は問われていない。東洋の我々にも、だから、ギリシャは意義がある、という発見が、だいぶ後になって訪れた。

それに、もう一つあった。それは新約聖書原文はギリシャ語で書かれていること。これもまたギリシャ再考の一つの契機かも知れない。

その後、宗教改革が起きて、プロテスタント教会が誕生、しかし、いろいろと教派が生まれた。その総括は、どうやったらいいのだろうか。

最近、ツイッターにこんな情報が流れた。

「戦後の時点でエキュメニカル派(リベラル派)対福音派(聖書信仰派)の比率が26対1であったものが、1990年の時点では5対5になっていた」

福音派が戦後、成長したという。昔、そういう環境にいたので、さもありなん、と思う。聖歌は、よく歌った。今は、そんな機会はない。福音派は明治のキリスト者の言葉で言えば、実験的宗教の鼓吹者たちだろう。

最近のニュースでは、福音派の世界的指導者の一人、ジョン・ストット氏が逝去した。英国教会の司祭だった。

英国教会の司祭で、福音派の強力な指導者になった人では、古くはバークレー・バックストンがいる。そういえば、ジョン・ウェスレーも、英国教会司祭だった。

聖書観について、バルト、植村正久、小崎弘道など、福音派と対立するリベラルだと言われるが、三人とも聖書に実存的に向き合っていると思う。それがなくなれば、別の問題が出てきそうだ。実存的を個人的、恣意的と繋げるのは、一部の可能性だと思う。

福音派と原理主義、それは違うものだが、福音派の中に原理主義が含まれていて、同一に見る人たちも増えたかも知れない。

福音派の中で原理主義的な臭いを発散させていたのは、会津若松出身のM牧師であったかも知れない。もっとも相手はリベラルではなく、他宗教だった。その博識に驚いたことを覚えている。

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