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2012年11月30日 (金)

なつめろ歓迎

■昭和48年10月の某雑誌に書いたもの。「なつめろ歓迎」という題でした。今なら、携帯電話、スマホが取り上げられるでしょう。しかし、そのころは、今のような時代の到来を予想できた人はいなかったでしょう■

「世は挙げて情報化の時代--。その中でも一番の花形はなんと言ってもテレビだろうな。僕はテレビが大好きだ。世にはテレビなんて低俗なものは遠ざけ、清く、正しい生活を送ろうとしている御仁もおられるとか…。しかし、僕はマックス・ウェーバー大先生ご同様、近代化の過程を受け入れる人間だ」
「近代化の過程を受け入れるなんて、誰もがそうしていることで、当たり前のことじゃあないか。なにも、マックス・ウェーバーなんて大学者を呼び出すことなんかない。考え方が大げさだよ。『八っつぁん、熊さんご同様に』と言ったって、差し支えないと違うか」
「日頃、僕の平民主義(ちょっと言葉が古い感じだなあ。しかし、国家エゴイズムが個々人に分散したに過ぎない民主主義は、ベルジャーエフに言わせれば、偉大な人格に対する蔑視の体質を持っているんだ。いやだねえ。僕はこんな民主主義と区別するため、あえて平民主義と言うんだが…)を熟知している君のことだから、そんな言葉が出てくるのも納得できる。しかし、僕の近代化受容は否定の猛火をくぐり抜けた総合的なものなんだ。ウェーバー先生にご登場願ったのは、同じ受容でも、だいぶ痴呆化が進み、常に反動に流れる大衆と異なる、自覚した個人としてそうするんだということを強調したいためなんだ」
「君は庶民の味方だったんじゃあないかい。そんな言葉は庶民に対する甚だしい侮辱だよ」
「ええい、分かっちゃいないんだなあ。君は何年、僕の近くにいるんだい。僕は庶民を心の底から信じる、しかし、同時に僕は庶民を心の底から信じない。この絶対矛盾的自己同一の神の立場こそ、僕の実存の原点だと、何度も君に言ったじゃないか」
 さて、本題に入る。
「テレビをよく見る僕は、そこに一つの新しい傾向が一向に衰えず、逆に一層盛んになりつつあることを知った。言わずと知れた『懐かしのメロディー』(なつめろ)だ。こんなことは誰でも知っている。しかし、多くの人はこの現象を文明批評的観点から取り上げ、論じようとはしない。
 なつめろの司会者として、一番早かったのはコロンビア・トップ、ライトじゃなかったかな。僕は、そのころ、これは実に面白い動きだと思って注目し、歓迎したよ。誰が提唱者か知らないが、僕はこの偉大な発想に敬服した。いや、この発想の光栄は特定個人に帰せられるものではなく、時代の要請という非個人的なもののウエイトの方が重いかもね。
 僕は近代化の過程を受け入れると、前に言ったよね。じゃあ、この近代化とは何だ。僕の言っているのは、科学技術の成果の適用のことさ。見方によっては、資本主義の搾取、抑圧を強化していく、非人間化への手段の受容のことだ。じゃあ、この近代となつめろとは、どう結びつくんだろう。なつめろブームの心はアニマル的人間近代化概念にとっては、保守反動だろうな。けど、ウェーバー大先生の近代化概念には両立すると思うよ。宗教界の一部の危惧にもかかわらず、具眼の士にとっては、これは反動でも後退でもないんだ。もっとも、方法的に緻密かつ合理的なウェーバー大先生は絶対矛盾的自己同一居士にはなれなかったが、時たま神秘的霊感が閃くので、親近感を覚え、お呼びしたまでなんだがね。とにかく、日本は一日も早く獣性脱出を実現したいんだ。なんと前近代的なことを、しかも近代を象徴する花形メディアを用いてやろうとは、あきれるわい。
 なつめろブーム--。この根っこは、あの全共闘の学園紛争と同じくらい深いもんだよ。それとの因果関係が洞察できるからさ。当時、『世代の断絶』とか『歴史感覚の欠如』とか盛んに言われたもんだ。あのへんの憂国の意識がなつめろブームの中に具体化していると思うな。一方、あの頃は盛んに危機感が叫ばれ、全共闘の狂気じみた言動からは、『俺たちこそ危機感におけるエリートなり』なんて、預言者を思わせる変な論理と居直りがあったっけ。このへんから『原点』とか『根源』とかいう言葉が大流行したが、この系譜に軍歌リバイバルがあるのと違うかな。戦争は人間の限界状況だからね。
 『俺は戦争は嫌いだ。軍国主義もいやだ。しかし、戦争の時、人間がどんなに美しくみえたか、この一面を見ようとしない一部の人の軍国主義批判もいやだ』--藤原弘達先生はこう喝破したが、至言だと思ったなあ。
 なつめろブームは、インテリが古典を読んで自分の精神の鍛錬をするように、一般庶民に対する、それと同じような、すぐれた情操教育の機会だと思うよ。今の日本人には、人間の内面なんてものはどうでもいい、悪くすると、人間の外側が整えば、内面も自然に出来上がってくると考えている人もいるくらいだから、国民的情操教育機関が必要になってくるわけだ。そこで、なつめろ歓迎となるんだ」

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人生相談

■昭和48年12月号の、ある雑誌に、こんな文章を載せていました。「人生相談」という題。やはり、大学紛争の余波が残っていて、そのモチーフが現れています■

 僕は以前、ある雑誌の「人生相談」の欄を担当していて、いろんな人の悩みを聞いていたせいか、時々、実に切実な手紙を受け取ることがある。その一つが、あの大学紛争たけなわの頃、卒業式を妨害した一高校生の手紙だった。
 手紙を紹介することに対し、誌面が僅かなので要約にすべきだとか思ったが、この際、全文を紹介する。人間が日常生活においてはほとんど知ることのない、しかし、いつの間にか人間から離れ去ってしまうことも、また永久に忘れられてしまうこともない「最も恐るべきもの」を告知したキェルケゴールも、「当然のことじゃあないか」と、僕の判断を支持するだろう。
 高校生は「死に至る病」の患者なのだ。彼の無鉄砲な行為の背後に隠れ、脅えているちっちゃな心を思う時、僕はその心をぎゅっと抱きしめ、僕の体温で温めてあげたい。無情な「法の番人」は僕の、この呼応を叱るかも知れないが、立派な日本人である「水戸黄門」も「銭形平次」も、ほほえみながら、うなづいてくれるだろう。
 手紙の全文は次のようものだった。
 「僕は卒業式を妨害した高校生の一人です。僕の仲間は十人ぐらいいましたが、みな僕より強そうで、自分のすることに確信を持っているようでした。『こうなんだ!』--そう決めつけるのが彼らの癖で、あとはもうテコでも動かないのです。
 しかし、僕は彼らのように強くなれそうにありません。というのは、僕は人の怒った目を見たり、怒鳴りちらす声を聞いたりするのが怖いからです。そして、僕を馬鹿にする言葉を聞くと、怒るかわりに、冷水を浴びせられたように、金縛りの術にかけられたように、すくみあがってしまうのです。
 では、こんなに弱い僕がどうしてあんな突飛な行動をあえてしたのでしょうか。魂の危機を知ってもらいたかった。ただ、それだけなんです。
 僕は自分がいつも何かに脅えているのを知っているので、この脅えている自分を指して“魂”というのですが、彼らは僕がこの言葉を口に出すのを聞くと、僕を馬鹿にしたり、茶化したりしました。
 僕らは世間では健康優良児、良家のお坊ちゃまで通っているけれど、実は病人なんです。けれども、身体は特にどこも故障がないので、『僕は病気なんだ』と言っても、誰も相手にしてくれず、それに僕自身、自分の病気を説明するのがなかなか難しいのです。
 親は、『お前の仕事は勉強なんだから、勉強していれば、それでいいんだよ』と、僕によく言うのですが、僕には勉強する心の余裕なんかなかったのです。
 時々、町中を救急車がけたたましいサイレンを鳴らして突っ走って行くのを見ましたが、僕は、そのサイレンの音を聞いて、ほっとしたのです。この平和で、何もかも満ち足りているような社会の中で、僕は毎日、何かで首を締め付けられているように感じるのです。救急車のサイレンの音は、出口のない、重い僕の気持ちを吸収してくれ、僕は患者には失礼ですが、ようやく、いくらか肩のこりをほぐすことができるのです。
 どうか、こんな僕を助けてください」
 ある日、僕の親友で、いつも口ぐせのように、「自分はゆくゆくは、長谷川如是閑のように文明批評の分野で仕事をしたい」と言っている自称“雑学博士”が来たので、この手紙を見せた。
 “雑学博士”は、手紙を読んだあと、開口一番、次のように言い切った。
 「この少年は、今の日本の多くの宗教家よりも、ずっとずっと宗教的な要素がある」
 「何を根拠に、そんなことを言うんだい。場合によっては、君の言葉は日々の宗教的行事を忠実に行っている宗教家に対して、非常なる侮辱だよ」
 「いいじゃないか。宗教とは、キェルケゴールが指摘したように、神の前における実存的体験が原点なんだから。それがなければ、いくら学んでも、実践しても意味がないんだ」
 

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2012年11月29日 (木)

フーテンの寅さん

 キリスト教と「フーテンの寅さん」を関連づけた本を書店で見ました。まだ読んでいませんが、興味はあります。昭和48年11月に出た某雑誌に、「フーテンの寅さん」というタイトルで記事を書いたことがありました。その時の記事は以下のようなものです。「フーテンの寅さん」は、今も、日本人にいろいろなことを問いかけていると思います。

 今の日本に希望はあるか--。とてつもない大きな課題だ。僕自身、日本の動きを隅から隅まで知り尽くしているわけじゃあないから、この占い、当たるも八卦、当らぬも八卦というところかも知れない。しかし、この僕でも、データを集めてコンピューターにかけさえすれば、何でも分かるといった「おめでた教」の信者より賢いと思っている。もっとも彼らは自分は非宗教者であるという誇りを持っているだろうがね。
 占いというのは、どこかの法相が国会答弁で漏らした、あの第六感がものを言うんだ。雑多な印象の超越的かつ統一的感覚が決め手なんだが、機械には、コンピューターと言えども、こんな感覚ありゃしないよ。「そんなことどうだっていいじゃないか。お前はなんて理屈っぽいんだい。お前には女性的なものが足りなさすぎるよ」。
 どうも僕はヨーロッパ古代のキリスト教史を飾る、偉大なるアフリカの星、聖アウグスチヌスに似た悪い癖があって弱っている、なんて言ったら大げさだろうか。ちょっと不透明な問題にぶつかると前後を忘れて夢中になってしまうんだ。彼の残した厖大な著作は、夢中にならないでは不可能であっただろう。
 「今の日本にだって、そんなところ見えるぞ!」と、慧眼の士は、そうのたもうかも知れない。しかし、だからといって、現代日本の表面的な熱心さ、流行の言葉で言えば「偏向」だが、それを理性の巨人、聖アウグスチヌスと結びつけるわけにはいかない。ハイデッガーは思惟を「計算する思惟」と「省察する追思惟」に分けているが、僕とアウグスチヌスは、お互い程度の差はあっても後者、現代の日本人の大多数は前者に偏向していると言いたい。さて、それでは、そろそろ軌道修正しよう。
 僕は今の日本にほのかな希望を感ぜずにはおれない。これがこの課題に対する僕の結論だ。この結論、実は純客観的なものというより、僕だからこうなる、といったところもある。「アブラハムは神を信じた。彼は望み得ないのに、なおも望みつつ信じた。そのため彼は多くの国民の父となった」--聖書はこう言っているのだが、この、望み得ないのに望み、信じたという点、そして、実際そうなったという点は注目に値する。前者においては、コンピューターなんか出る幕ではないということ、後者においては、僕の占いの真実性を指摘しているのだ。かといって、かくも不信な時代に、僕は「権威」なんてキザな言葉を持ち出したくはない。キェルケゴールのように道化を演じたい。
 さて、日本の希望はいずこに……。「私は二つのJを愛する」との、今頃の若いキリスト者にとっては不可解かつ含蓄に富む言葉を残した内村鑑三先生も、あの世でさぞご満悦のことだろう。なぜなら、僕の感じる日本の新しい胎動とは、偉大な、そして真の日本人の出現を準備しているように見えるからだ。
 あの学園紛争で体制の壁にぶつかり火花を散らした創造のエネルギーは今や、過激派の断末魔的な、ヒステリックな覚醒気(拡声器)の声から解放されて、深く、静かに、日本人の心の中を潜行しているからだ。出版界、映画界、歌謡界などにみられる胎動の堅実さは今度こそ偽者でなく本物の、日本の預言者の登場を予感させる。しかし、今頃の若いキリスト者は誰が何と言っても物事の半面しか見ないことを信条としているから、僕らが「美しく愛すべき日本よ」と呼びかけ、心の中では、あの、「神を孕めるロシア人」のように大地に接吻しようとも、この感情を永遠に理解することはできないだろう。
 僕は日本の希望の一つに「フーテンの寅さん」を挙げたい。この映画、有楽町あたりのちょっと上品な映画館街には縁がなく、新宿とか浅草とか、「ねえちゃん、あんちゃん」のたむろしている映画街に、ヤクザ映画、ポルノ映画と肩を並べて上映された。ただこのことだけで、世の良俗の守護神におわします「責任倫理的」人間は現代日本の傑作映画の一つの傍らを通り過ぎてしまったことだろう。あたかも、強盗に襲われた旅人に目をそむけた祭司、レビ人のように。
 「寅さん」の人気は今や怪物並み、かつての「君の名は」に匹敵するらしい。その理由の一つは、寅さんの、小説『坊ちゃん』を思わせる気風のよさと、映画「ジバゴ」にも及びそうな情の深さにあるだろう。しかも、同時に滑稽だときているから、ますますいい。この感動、いつまでも失いたくない。

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ドロシー・デイ没

11月29日(1980年)、米国の社会活動家、ドロシー・デイ没。享年83。若い時は共産主義信奉者だったが、のちキリスト教的社会主義者に変わり、カトリック労働者運動を進めた。たびたび逮捕され、刑務所に拘留された。

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武藤健誕生

11月28日(明治26年)、日本基督教団本郷中央教会牧師、武藤健誕生。享年81。青山学院で学び、戦前、青山学院教授だった。日本基督教団第4代総会議長、日本キリスト教協議会議長、長崎活水女学院院長、キリスト新聞社社長などを務めた。

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岩村昇没

11月27日(平成17年)、医師、岩村昇没。享年78。日本キリスト教海外医療協力会からの派遣で1962年から18年間、ネパールで活動。マグサイサイ賞を受賞。

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林文雄誕生

11月26日(明治33年)、医師、林文雄誕生。享年46。全生病院(国立療養所多磨全生園)などに勤務し、ハンセン病患者の救済に取り組んだ。熱心なキリスト者であった教育者の父、竹次郎の感化で信仰を持った。

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ヨハネス23世誕生

11月25日(1881年)、ローマ教皇、ヨハネス23世誕生。享年81。1958年、76歳で教皇に選出された。第二バチカン公会議(1962~65)の開催を指示、会期中に亡くなった。(日本では公会議終了後、数年して大学紛争が始まった)

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湯浅治郎誕生

11月24日(1850年)、政治家、実業家、湯浅治郎誕生。享年81。明治11年、安中教会で新島襄から受洗。警醒社(後に警醒社書店)を設立して内村鑑三の出版事業を助けた。

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2012年11月23日 (金)

パスカルの回心の日

11月23日(1654年)、パスカルの回心の日。フランスの数学者パスカルは死後、病床で着ていた肌着の襟に縫い込められていた文書が見つかり、決定的な回心を経験したことが分かった 。31歳の時のこと。

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C.S.ルイス没

11月22日(1963年)、英国の学者、小説家、C.S.ルイス没。享年64。幼少時のキリスト教信仰を一時、失い、無神論になったが、31歳の時、英国国教会のもとで信仰を取り戻した。

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シュライアマハー誕生

11月21日(1768年)、フリードリヒ・シュライアマハー誕生。享年65。18、19世紀、ベルリンで活躍した神学者。「近代神学の父」と言われる。初期のバルトは批判したが、評価する人もいる。バルトは後年、聖霊論に関心を寄せたが、かつての論敵に発想が近くなったかも。

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政池仁誕生

11月20日(明治33年)、無教会の伝道者、政池仁誕生。享年84。高校生の時、メソジスト教会で洗礼を受けた。東京帝国大学の学生の時、内村聖書研究会に入会。非戦平和を貫いた。

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2012年11月20日 (火)

魂のSOS

魂が
おぼれそうになったなら
   
心の中で叫ぼうよ
「私を救ってください」と
   
人の心を知る方は
きっと、助けてくれるだろう
   
生きることは苦しいよ
それが宿命なんだから
   
生の中に死があって
やがて生を飲み込むよ
   
しかし、死ぬ前に死んでしまったら
死は、いつまでもやってこないだろう

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2012年11月19日 (月)

レフ・シェストフ没

11月19日(1938年)、ユダヤ人の哲学者、レフ・シェストフ没。享年72。キリスト教思想を研究、日本では河上徹太郎が紹介した。雄渾社から選集が出ている。

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マルセル・プルースト没

11月18日(1922年)、フランスの作家、エッセイスト、マルセル・プルースト没。享年51。代表作『失われた時を求めて』。母親はユダヤ人、父親はカトリックで、カトリック文化の中で育った。

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川合信水誕生

11月17日(1867年)、基督心宗創始者、川合信水誕生。享年94。明治23年、メソジスト教会で洗礼を受ける。昭和2年、山梨県富士吉田市で基督心宗を開宗。これは仏教の四弘誓願のような七大誓願を信条に掲げている。

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都田恒太郎没

11月16日(昭和58年)、元日本聖書協会総主事、都田恒太郎没。享年86。大正3年、笹尾鉄三郎から受洗。青山学院を卒業、母校で教え、理事長も務めた。著書に『日本キリスト教合同史論』がある。

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ニーグレン誕生

11月15日(1890年)、スウェーデンの宗教哲学者、ルター派神学者、アンダース・ニーグレン誕生。享年87。ルーテル世界連盟の初代議長。『アガペーとエロース』の著者。その中で、アガペーでもエロースでもないカリタスという第三の愛について語っている。

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島田三郎没

11月14日(大正12年)、政治家、ジャーナリスト、島田三郎没。享年70。明治19年1月3日、植村正久から洗礼を受け、一時、ユニテリアン協会に加わったが、のち、植村のもとに戻った。

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2012年11月15日 (木)

カリタスの意味?

カトリック教会に「カリタス・ジャパン」という団体がある。カリタスという言葉は、その意味はともかく、福祉とか愛とかに関係していると理解されている。辞書によれば、これはラテン語で、「人類愛のこと」「ギリシャ語のアガペーにあたる」「聖愛、愛徳、何よりも神を愛し、それゆえに隣人を愛する心」といった説明がある。
しかし、『アガペーとエロース』で、著者のニーグレンは、カリタスとアガペーを区別して、こう言う。
「エロースとアガペーの流れはアウグスティヌスにおいて出会った。その結果エロースでもアガペーでもない第三のもの、即ちカリタスを生み出した。カリタスは二つの要素を含みながら、新しい統一体を形づくっている」
辞書ではカリタスはアガペーと言っているが、ニーグレンは、いや違うという。さて。

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「太陽の下には新しきものなし」

「もしも、われわれが人類の思想史を概観するならば、太陽の下には新しきものなし、という古い諺が真実であるという、生々しい印象を受けるのである。そこにはほんのわずかばかりの観念か、テーマがあって、それが絶えず新しい変奏曲や組み合わせになって再現しているが、古いテーマが依然として認められる、といった有様なのである。思想史のごく初期に、われわれは真、善、美、なかんずく永遠について問われている重要な根本的な問題--すなわち、知識、美学、倫理学、宗教の問題--を見出す。われわれの西洋文明にとって、これらの問題の代表的な論述は、プラトンのそれである。彼は棟梁である。けれども、彼の工事材料は、彼の時代より以前、長期間にわたって収集されてきたのである。そして、問いが問われる形式において、歴史が生じさせてきたあらゆる変化にかかわらず、われわれはやはり、人類は、今でもこれらの同じ問題にかかずらっている、と言うことができるのだ」(『アガペーとエロース』ニーグレン)

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2012年11月13日 (火)

アウグスティヌス誕生

11月13日(354年)、古代最大の教父、アウレリウス・アウグスティヌス誕生。享年75。『告白』『神の国』など、著書は多い。その信仰思想は新プラトン主義とキリスト教思想の統合とされるが、その統合に批判的な人もいる。

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孫文誕生

11月12日(1866年)、中国の政治家、革命家、孫文誕生。享年58。「84年香港で米宣教師から受洗」「波乱にみちた生涯に信仰を貫く」と紹介するのは山北宣久牧師。ということは、18歳のころ、キリスト教信者になったことになる。

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ドストエフスキー誕生

11月11日(1821年)、ロシアの小説家、思想家、フョードル・ミハイロヴィチ・ドストエフスキー誕生。享年59。『作家の日記』の宗教論部分では熱狂的なロシアメシアニズムを唱えている。カトリックには批判的だったらしい。

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マルティン・ルター誕生

11月10日(1483年)、宗教改革者、マルティン・ルター誕生。享年62。(平野啓一郎氏の芥川賞作品『日蝕』の最後に宗教改革勃発を示す「北方で旺んになっている、アウグスティノ会の一会士によって始められた異端運動に関する報告」との一文がある)

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アウグスチヌスをどう見るか?

「アウグスチヌスはプロテスタント側からは宗教改革思想の先駆者の一人と見られている。それは、ご自身の選びたもうた者を必ず救いたもう神の絶対主権による恵みの結果として、人間が原罪から救われるということを強調しているからである。しかし、人間がどういうふうに救われるかについての議論について、アウグスチヌスは、見える制度としての教会と、その信条と礼典と伝道とをあまりにも強調しているので、ローマ教会はかれをローマ・カトリック主義の父と見ている。かれがこのように強調したのは、一方には、ペラギウス派の主張を、他方にはドナトゥス派の主張を破るためであったことを、心に留めるべきであろう。聖書の部分を解釈するのに聖書全体の主張を考慮しなければならないというかれの主張は、教会にとって永久的価値のある原理となっている。
 これらの永久的功績があるにもかかわらず、アウグスチヌスはキリスト教の思潮のなかへ、いくつかの過誤を持ち込んだ。かれは煉獄の教義と、それにともなうすべての害悪とを発展させるのに力があった。バプテスマと聖餐式の二礼典の価値を重んじた彼の見方の論理的な結果として、バプテスマによる更正と聖餐式による恵みとが強調された。
 アウグスチヌスのこうした強調のゆえに、キリスト教会にとってのかれの重要性を無視すべきではない。パウロとルターとの間において、教会には、アウグスチヌス以上に偉大な道徳上および精神上の人物はいないのである」(『基督教全史』E.E.ケァンズ著から)

「ハルナックは、宗教改革運動は、教理の面では改革であり、教会組織の面ではまさに革命であったと見ている。それは、宗教のもっとも深い本質において立派な革命であった。ただわれわれは、この革命の真の教師が、ローマ教会最大の教師である、アウグスティヌス自身にほかならなかったことを主張するのである」(『キリスト教』岡田稔著、小峯書店、65頁)

山田晶氏(故人)の『在りて在る者』という本の中に、アウグスチヌスについての、こんな言葉がある。
「また彼の「恩恵論」についていえば、私は古来多くの人々がこの問題について論争し、互いに自己を主張し相手を否定しながら、いわば「恩恵なき恩恵論争」controversia degratia sine gratia の泥沼の中にもろともに沈みこんでいったことを知っていた。私は自分の研究が神の恩恵によってみちびかれることをいつも祈念していたが、「恩恵」そのものについて論ずることは差控えたいと思った。私はあえてこの危険な泥沼に近づくことを避けたのである」(ⅱ まえがき)
 また、同じ本の中に、こんな個所もある。
「回心以後に書かれた対話篇がプロティノス的であるということから、この回心の真実性を疑い、それは「ネオ・プラトニスムへの回心」であるとか、「形而上学への回心」であるとかいう人があるが、その人々は「回心」の真の意味を知らないのである。回心以後、アウグスティヌスは哲学を捨てたのではない。キリストに回心した以上、「哲学」を捨てなければならないと考えるのは一つの偏見である」(ⅹⅴ まえがき)

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2012年11月 9日 (金)

江藤俊哉誕生

11月9日(昭和2年)、ヴァイオリニスト、江藤俊哉誕生。享年80。中学生の時、カトリック教会で洗礼を受けた。

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ジョン・ミルトン没

11月8日(1674年)、イギリスの詩人、ジョン・ミルトン没。享年65。長編叙事詩『失楽園』の著者。

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胡美芳没

11月7日(平成21年)、福音歌手、胡美芳没。享年82。和歌山県生まれの中国人歌手。昭和49年にキリスト教に入信。著書に『海路遥かに』『愛、そして愛』(共に静山社)がある。

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2012年11月 6日 (火)

ジョージ・ウィリアムズ没

11月6日(1905年)、YMCA創立者、ジョージ・ウィリアムズ没。享年84。1844年、ウィリアムズら12人のキリスト教青年らがロンドンでYMCAを創立。これは青年層への啓蒙、生活改善事業のための奉仕組織を目指した。

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富田満誕生

11月5日(明治16年)、牧師、富田満誕生。享年77。昭和16年、日本基督教団成立時の統理。東京神学大学、明治学院大学などの理事長を歴任。戦前は神の国運動委員長、日本基督教連盟議長、(旧)日本基督教会大会議長も務めた。日本基督教団芝教会牧師。

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メンデルスゾーン没

11月4日(1847年)、作曲家、指揮者、フェリックス・メンデルスゾーン没。享年38。祖父のモーゼスはカントにも影響を与えたユダヤ人哲学者。富裕な銀行家、父アブラハムの代でルター派に改宗。

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東京神学社を創立

11月3日(明治37年)、植村正久が東京神学社を創立。これは市ヶ谷講義所で開校された神学校で、その後、昭和5年、明治学院神学部、東北学院神学部と合併して日本神学校(校舎は現在の東京ルーテルセンター)になった。

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2012年11月 2日 (金)

岩倉具栄没

11月2日(昭和53年)、英文学者、岩倉具栄没。享年74。父方の曾祖父が岩倉具視。クリスチャンの母の感化で洗礼を受けた。法政大学教授。D・H・ローレンスの研究者。

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デニス・ベネット没

11月1日(1991年)、カリスマ運動の指導者、デニス・ベネット没。享年74。米国聖公会の司祭。1960年4月3日の主日の礼拝説教(当時42歳)で、異言を伴う聖霊のバプテスマを受けた、と語った。著書『朝の九時』は邦訳がある。

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ルターが「95ヶ条の論題」公表

10月31日(1517年)、マルティン・ルターがローマ教会の贖宥状販売を批判してヴィテンベルク城教会の扉に「95ヶ条の論題」を張り出す。

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