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2012年11月30日 (金)

なつめろ歓迎

■昭和48年10月の某雑誌に書いたもの。「なつめろ歓迎」という題でした。今なら、携帯電話、スマホが取り上げられるでしょう。しかし、そのころは、今のような時代の到来を予想できた人はいなかったでしょう■

「世は挙げて情報化の時代--。その中でも一番の花形はなんと言ってもテレビだろうな。僕はテレビが大好きだ。世にはテレビなんて低俗なものは遠ざけ、清く、正しい生活を送ろうとしている御仁もおられるとか…。しかし、僕はマックス・ウェーバー大先生ご同様、近代化の過程を受け入れる人間だ」
「近代化の過程を受け入れるなんて、誰もがそうしていることで、当たり前のことじゃあないか。なにも、マックス・ウェーバーなんて大学者を呼び出すことなんかない。考え方が大げさだよ。『八っつぁん、熊さんご同様に』と言ったって、差し支えないと違うか」
「日頃、僕の平民主義(ちょっと言葉が古い感じだなあ。しかし、国家エゴイズムが個々人に分散したに過ぎない民主主義は、ベルジャーエフに言わせれば、偉大な人格に対する蔑視の体質を持っているんだ。いやだねえ。僕はこんな民主主義と区別するため、あえて平民主義と言うんだが…)を熟知している君のことだから、そんな言葉が出てくるのも納得できる。しかし、僕の近代化受容は否定の猛火をくぐり抜けた総合的なものなんだ。ウェーバー先生にご登場願ったのは、同じ受容でも、だいぶ痴呆化が進み、常に反動に流れる大衆と異なる、自覚した個人としてそうするんだということを強調したいためなんだ」
「君は庶民の味方だったんじゃあないかい。そんな言葉は庶民に対する甚だしい侮辱だよ」
「ええい、分かっちゃいないんだなあ。君は何年、僕の近くにいるんだい。僕は庶民を心の底から信じる、しかし、同時に僕は庶民を心の底から信じない。この絶対矛盾的自己同一の神の立場こそ、僕の実存の原点だと、何度も君に言ったじゃないか」
 さて、本題に入る。
「テレビをよく見る僕は、そこに一つの新しい傾向が一向に衰えず、逆に一層盛んになりつつあることを知った。言わずと知れた『懐かしのメロディー』(なつめろ)だ。こんなことは誰でも知っている。しかし、多くの人はこの現象を文明批評的観点から取り上げ、論じようとはしない。
 なつめろの司会者として、一番早かったのはコロンビア・トップ、ライトじゃなかったかな。僕は、そのころ、これは実に面白い動きだと思って注目し、歓迎したよ。誰が提唱者か知らないが、僕はこの偉大な発想に敬服した。いや、この発想の光栄は特定個人に帰せられるものではなく、時代の要請という非個人的なもののウエイトの方が重いかもね。
 僕は近代化の過程を受け入れると、前に言ったよね。じゃあ、この近代化とは何だ。僕の言っているのは、科学技術の成果の適用のことさ。見方によっては、資本主義の搾取、抑圧を強化していく、非人間化への手段の受容のことだ。じゃあ、この近代となつめろとは、どう結びつくんだろう。なつめろブームの心はアニマル的人間近代化概念にとっては、保守反動だろうな。けど、ウェーバー大先生の近代化概念には両立すると思うよ。宗教界の一部の危惧にもかかわらず、具眼の士にとっては、これは反動でも後退でもないんだ。もっとも、方法的に緻密かつ合理的なウェーバー大先生は絶対矛盾的自己同一居士にはなれなかったが、時たま神秘的霊感が閃くので、親近感を覚え、お呼びしたまでなんだがね。とにかく、日本は一日も早く獣性脱出を実現したいんだ。なんと前近代的なことを、しかも近代を象徴する花形メディアを用いてやろうとは、あきれるわい。
 なつめろブーム--。この根っこは、あの全共闘の学園紛争と同じくらい深いもんだよ。それとの因果関係が洞察できるからさ。当時、『世代の断絶』とか『歴史感覚の欠如』とか盛んに言われたもんだ。あのへんの憂国の意識がなつめろブームの中に具体化していると思うな。一方、あの頃は盛んに危機感が叫ばれ、全共闘の狂気じみた言動からは、『俺たちこそ危機感におけるエリートなり』なんて、預言者を思わせる変な論理と居直りがあったっけ。このへんから『原点』とか『根源』とかいう言葉が大流行したが、この系譜に軍歌リバイバルがあるのと違うかな。戦争は人間の限界状況だからね。
 『俺は戦争は嫌いだ。軍国主義もいやだ。しかし、戦争の時、人間がどんなに美しくみえたか、この一面を見ようとしない一部の人の軍国主義批判もいやだ』--藤原弘達先生はこう喝破したが、至言だと思ったなあ。
 なつめろブームは、インテリが古典を読んで自分の精神の鍛錬をするように、一般庶民に対する、それと同じような、すぐれた情操教育の機会だと思うよ。今の日本人には、人間の内面なんてものはどうでもいい、悪くすると、人間の外側が整えば、内面も自然に出来上がってくると考えている人もいるくらいだから、国民的情操教育機関が必要になってくるわけだ。そこで、なつめろ歓迎となるんだ」

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