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2012年11月29日 (木)

フーテンの寅さん

 キリスト教と「フーテンの寅さん」を関連づけた本を書店で見ました。まだ読んでいませんが、興味はあります。昭和48年11月に出た某雑誌に、「フーテンの寅さん」というタイトルで記事を書いたことがありました。その時の記事は以下のようなものです。「フーテンの寅さん」は、今も、日本人にいろいろなことを問いかけていると思います。

 今の日本に希望はあるか--。とてつもない大きな課題だ。僕自身、日本の動きを隅から隅まで知り尽くしているわけじゃあないから、この占い、当たるも八卦、当らぬも八卦というところかも知れない。しかし、この僕でも、データを集めてコンピューターにかけさえすれば、何でも分かるといった「おめでた教」の信者より賢いと思っている。もっとも彼らは自分は非宗教者であるという誇りを持っているだろうがね。
 占いというのは、どこかの法相が国会答弁で漏らした、あの第六感がものを言うんだ。雑多な印象の超越的かつ統一的感覚が決め手なんだが、機械には、コンピューターと言えども、こんな感覚ありゃしないよ。「そんなことどうだっていいじゃないか。お前はなんて理屈っぽいんだい。お前には女性的なものが足りなさすぎるよ」。
 どうも僕はヨーロッパ古代のキリスト教史を飾る、偉大なるアフリカの星、聖アウグスチヌスに似た悪い癖があって弱っている、なんて言ったら大げさだろうか。ちょっと不透明な問題にぶつかると前後を忘れて夢中になってしまうんだ。彼の残した厖大な著作は、夢中にならないでは不可能であっただろう。
 「今の日本にだって、そんなところ見えるぞ!」と、慧眼の士は、そうのたもうかも知れない。しかし、だからといって、現代日本の表面的な熱心さ、流行の言葉で言えば「偏向」だが、それを理性の巨人、聖アウグスチヌスと結びつけるわけにはいかない。ハイデッガーは思惟を「計算する思惟」と「省察する追思惟」に分けているが、僕とアウグスチヌスは、お互い程度の差はあっても後者、現代の日本人の大多数は前者に偏向していると言いたい。さて、それでは、そろそろ軌道修正しよう。
 僕は今の日本にほのかな希望を感ぜずにはおれない。これがこの課題に対する僕の結論だ。この結論、実は純客観的なものというより、僕だからこうなる、といったところもある。「アブラハムは神を信じた。彼は望み得ないのに、なおも望みつつ信じた。そのため彼は多くの国民の父となった」--聖書はこう言っているのだが、この、望み得ないのに望み、信じたという点、そして、実際そうなったという点は注目に値する。前者においては、コンピューターなんか出る幕ではないということ、後者においては、僕の占いの真実性を指摘しているのだ。かといって、かくも不信な時代に、僕は「権威」なんてキザな言葉を持ち出したくはない。キェルケゴールのように道化を演じたい。
 さて、日本の希望はいずこに……。「私は二つのJを愛する」との、今頃の若いキリスト者にとっては不可解かつ含蓄に富む言葉を残した内村鑑三先生も、あの世でさぞご満悦のことだろう。なぜなら、僕の感じる日本の新しい胎動とは、偉大な、そして真の日本人の出現を準備しているように見えるからだ。
 あの学園紛争で体制の壁にぶつかり火花を散らした創造のエネルギーは今や、過激派の断末魔的な、ヒステリックな覚醒気(拡声器)の声から解放されて、深く、静かに、日本人の心の中を潜行しているからだ。出版界、映画界、歌謡界などにみられる胎動の堅実さは今度こそ偽者でなく本物の、日本の預言者の登場を予感させる。しかし、今頃の若いキリスト者は誰が何と言っても物事の半面しか見ないことを信条としているから、僕らが「美しく愛すべき日本よ」と呼びかけ、心の中では、あの、「神を孕めるロシア人」のように大地に接吻しようとも、この感情を永遠に理解することはできないだろう。
 僕は日本の希望の一つに「フーテンの寅さん」を挙げたい。この映画、有楽町あたりのちょっと上品な映画館街には縁がなく、新宿とか浅草とか、「ねえちゃん、あんちゃん」のたむろしている映画街に、ヤクザ映画、ポルノ映画と肩を並べて上映された。ただこのことだけで、世の良俗の守護神におわします「責任倫理的」人間は現代日本の傑作映画の一つの傍らを通り過ぎてしまったことだろう。あたかも、強盗に襲われた旅人に目をそむけた祭司、レビ人のように。
 「寅さん」の人気は今や怪物並み、かつての「君の名は」に匹敵するらしい。その理由の一つは、寅さんの、小説『坊ちゃん』を思わせる気風のよさと、映画「ジバゴ」にも及びそうな情の深さにあるだろう。しかも、同時に滑稽だときているから、ますますいい。この感動、いつまでも失いたくない。

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