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2013年9月27日 (金)

イエズス会認可

9月27日(1540年)、ローマ教皇パウルス3世が回勅『レジミニ・ミリタンティス』でイエズス会を正式に認可(その9年後、会の創設メンバーの一人、フランシスコ・ザビエルが日本に初めてキリスト教を伝えた)。

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洞爺丸が沈没

9月26日(昭和29年)、青函連絡船、洞爺丸が台風のため、函館港外で沈没、1155人が死亡した。その中にカナダのメソジスト派宣教師、アルフレッド・ストーン(52歳)と日本YMCA同盟主事、デーン・リーパー(33歳)がいた。

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谷口茂寿誕生

9月25日(明治28年)、玉川聖学院創立者、谷口茂寿(しげとし)誕生。享年77。明治43年、大阪天満教会で受洗。その後、内村鑑三の集会に出席。日本基督教団の常議員、東京教区副議長を務めたが、昭和21年、脱退。25年に日本神の教会連盟の初代委員長、玉川聖学院を設立、初代校長に。

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中田重治没

9月24日(昭和14年)、牧師、中田重治没。享年68。日本ホーリネス教会の創始者の一人。大正時代、内村鑑三らと再臨運動を展開した。ホーリネス教会の四重の福音は新生・聖化・神癒・再臨を指す。日本基督教団の元総会議長、辻宣道(故人)は孫。

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孤児教育会創設

9月22日(明治20年)、石井十次(享年48)が日本で初めての孤児院、孤児教育会(のちの岡山孤児院)を岡山市の三友寺で創設。

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ジェームス・カーティス・ヘボン没

9月21日(1911年)、米国の長老教会の宣教師、医師、明治学院初代総理、ジェームス・カーティス・ヘボン没。享年96。横浜指路教会の創立にも関わった。

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山本泰次郎誕生

9月20日(明治33年)、無教会の独立伝道者、山本泰次郎誕生。享年78。教文館の『内村鑑三全集』全57巻を編集した。

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高橋是清誕生

9月19日(1854年)、政治家、第20代内閣総理大臣、高橋是清誕生。享年81。2・26事件で暗殺された。高橋は宣教師ヘボンの夫人から英語を学んだり、フルベッキの書生になったり、キリスト教との接触があった。自伝があり、「耶蘇教信者の一人」と告白している。

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海老名弾正誕生

9月18日(1856年)、牧師、思想家、教育者、海老名弾正誕生。享年80。小崎弘道、宮川経輝と共に「組合教会の三元老」と呼ばれた。熊本バンドの一人で、ジェーンズから洗礼を受けた。信仰理解をめぐり、明治34年、植村正久と論争した。

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吉田満没

9月17日(昭和54年)、『戦艦大和ノ最期』の著者、吉田満没。享年56。カトリック信徒だったが、のちプロテスタントの女性との結婚を機に日本基督教団に移った。鈴木正久牧師の西片町教会に属したが、牧師と戦争に対する思いで共鳴したようだ。

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メイフラワー号が英国を出港

9月16日(1620年)、ピルグリム・ファーザーズを乗せたメイフラワー号が英国・プリマスを出港。船客102人のうち、三分の一が英国で迫害を受けた分離派。船は同年12月26日、米国マサチューセッツ州ニュー・プリマスに着いた。

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アデナウアーが西独首相に

9月15日(1949年)、コンラート・アデナウアーが西ドイツ首相に就任。カトリック信徒だった。戦後、キリスト教民主同盟の創設者の一人で、初代党首になった。

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女子英学塾創立

9月14日(明治33年)、津田梅子が東京市麹町に女子英学塾を創立。現在、塾は津田塾大学になった。梅子は明治4年、岩倉使節団に随行して渡米した5人の中の1人で、満6歳だった。米国では、1873年7月、フィラデルフィアの独立教会で洗礼を受けた。

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横井時雄没

9月13日(昭和2年)、牧師、ジャーナリスト、横井時雄没。享年69。同志社第3代社長(総長)。父は横井小楠。

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吉岡弘毅没

9月12日(昭和7年)、長老派教会の牧師、吉岡弘毅没、享年85。三男が「海ゆかば」を作曲した信時潔。信時は若い時、一時、救世軍に飛び込み、兵士になったが、植村正久の話を聞いて、音楽の道に戻ったという。多くの校歌も作曲している。

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後楽園球場開場

9月11日(昭和12年)、後楽園球場開場。昭和42年10月、昭和55年年10月、ビリー・グラハムによる野外大衆伝道集会が、ここで行われた。昭和55年の時の通訳は故古山洋右牧師(福音自由教会)だった。昭和62年11月、球場は閉鎖。

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元和の大殉教

9月10日(1622年、元和8年8月5日)、長崎のカトリック55人が西坂で火刑と斬首で処刑された(元和の大殉教)。55人は、1868年、教皇ピウス9世により全員列福された。なお、同教皇は、1862年には、二十六人の殉教者(1597年、西坂で処刑)を列聖している。

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2013年9月21日 (土)

角筈女学校のこと

女子独立学校が角筈女学校に改称されたことがあるという。その校長は、加藤勝弥で、創立者の加藤トシ子の子。加藤勝弥は、北越学館の館主であり、内村鑑三は、その教頭であった。不思議な縁である。この学校がどこにあったのか、調べたい。こんな記述があった。(東海大学付属望洋高校の資料だったか)
「1883年にキリスト教徒の教育者である加藤とし子によって女子独立学校として東京都新宿区角筈[1]に開校した。1898年に精華学園となり、翌年には内村鑑三が校長に就任。その後、勝田孫弥が同校を引き受け1910年に精華高等女学校と改称した。戦後の学制改革で精華学園女子高等学校となる。この頃の精華学園は歌手や女優が多く通っていたが、西新宿一帯の再開発のあおりで1969年に新宿区柏木(現在の北新宿1丁目)に移転。更に1973年に千葉県市原市の現在地に移転して精華女子高等学校と改称するなど、変転を辿った。1974年に東海大学と提携し、東海大学総長の松前重義が精華学園理事長に就任した[2]。翌年に東海精華女子高等学校(校長・鈴木哲子[3])と改称し、1977年には「東海大学精華女子高等学校」に校名を変更。1986年には男女共学化に伴い校名を「東海大学付属望洋高等学校」に変更し、現在に至る。学校法人精華学園は一時兄弟校である東海大学付属浦安高等学校・中等部の移管を受け、千葉県内の東海大学学園の運営母体を担っていたが、現在は学校法人東海大学に統合・編入されている。」

★[1]女子独立学校が開設された地は、現在の西新宿1丁目6番地・新宿エルタワーの所在地とのことである。

★[2]松前重義が内村の聖書研究会に参加・師事し、恩師である内村が校長を務めていた縁から精華学園の運営を引き受けたと言われている。

★精華学園には、美空ひばり、星由里子、小川知子、吉永小百合、落合恵子、中尾ミエなどが学んだ。

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2013年9月17日 (火)

遠藤周作と宗教多元主義

遠藤周作は宗教的多元主義者であったか、そんな問いは当然あると思います。その答えとして、たとえば、かつて、カトリック新聞の2面「展望」欄で、酒井新二氏が触れていました。一部を引用します。

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「宗教多元論」に対してバチカンが認める限度はキリスト教の「包括主義」といわれるものである。それは諸宗教の伝統と教義の中に「救い」の教えの真実性を認めるが結局それを包括し、究極的にまとめるのはキリスト教であるという考え方である。プロテスタントの神学者ジョン・ヒックは「カトリックのこのような考え方は過去の宗教的帝国主義の遺物でしかない」と批判した。遠藤は『深い河』の中でこのヒックの主張に共感を示している。しかし粕谷師は遠藤が『深い河』の最後で「この世界で信じられるものはその人しかない」とシスターに語らせることによって相対主義的宗教多元主義を超え「イエスによる救いの唯一性」に突破したと理解する。
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粕谷師とは粕谷甲一神父(2011年2月9日、帰天)のことです。遠藤周作を宗教多元主義者と断定すると、彼はカトリック信仰から離れたと断定することで、私には、そこまでは言えないと思います。粕谷師の指摘を尊重したいと思います。

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2013年9月 9日 (月)

レフ・トルストイ誕生

9月9日(1828年)、帝政ロシアの小説家、レフ・トルストイ誕生。享年82。非暴力主義者で、日露戦争反対の論文「悔い改めよ」が、与謝野晶子(カトリック)の「君死にたまふことなかれ」執筆の契機になったという。

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ミケランジェロのダビデ像公開

9月8日(1504年)、ミケランジェロのダビデ像公開が始まった。像は政府の依頼で、1501年に制作を開始、4年で完成。現在はフィレンツェのアカデミア美術館にある。

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ジェームス.H.バラ誕生

9月7日(1832年)、米国オランダ改革派教会宣教師、ジェームス.H.バラ誕生。享年87。1872年3月10日、バラを仮牧師にして、日本で最初のプロテスタント教会ができた。

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西村伊作誕生

9月6日(1884年)、教育者、西村伊作誕生。享年78。文化学院の創立者。叔父に大逆事件で処刑された大石誠之助がいる。建築家の坂倉竹之助は孫。竹之助の父の設立した坂倉建築研究所は、現在の聖イグナチオ教会の設計を担当。

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南原繁誕生

9月5日(明治22年)、政治学者、南原繁誕生。享年84。東京大学総長。東京帝国大学法学部政治学科に入学後、内村鑑三の弟子となった。アララギ派の歌人でもあり、歌集『形相』がある。

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田中正造没

9月4日(大正2年)、政治家、活動家、田中正造没。享年71。足尾銅山鉱毒事件の告発者。死亡時の全財産は信玄袋一つで、中には新約聖書が含まれていた。

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サンダー・シング誕生

9月3日(1889年)、サドゥー、サンダー・シング誕生。サドゥーとは宗教に献身した人の意味。1929年、伝道のため、チベットに入り、行方不明になった。来日したこともある。金井為一郎著『印度の聖者サンダー・シングの生涯及思想』のあと、多くの人が紹介するようになった。

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ヴィクトール・フランクル没

9月2日(1997年)、精神科医、ヴィクトール・フランクル没。ユダヤ人だったためドイツ強制収容所に送られたが生還した。それを書いた「夜と霧」の、最初の訳者は故霜山徳爾氏で、上智大学教授、カトリックだった。

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新渡戸稲造誕生

9月1日(1862年)、教育者、思想家、新渡戸稲造誕生。享年71。札幌農学校を卒業後、米国留学中にクエーカー教徒に。国際連盟事務次長を務めた。

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ヘルマン・ホイヴェルス誕生

8月31日(1890年)、上智大学第2代学長、ヘルマン・ホイヴェルス誕生。享年87。ドイツ出身で、大正12年、33歳の時、イエズス会宣教師として来日、上智大学で教えた。また麹町(聖イグナチオ)教会主任司祭だった。

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国木田独歩誕生

8月30日(1871年)、小説家、詩人、ジャーナリスト、国木田独歩誕生。享年36。1891年1月4日、植村正久牧師から洗礼を受けた。

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黒田長政没

8月29日(1623年)、キリシタン大名だった筑前福岡藩の初代藩主、黒田長政没。55歳。父、如水もキリシタンだったが、秀吉のバテレン追放令で、父と子は、その信仰を捨てた。

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アウレリウス・アウグスティヌス没

8月28日(430年)、古代キリスト教の神学者、哲学者、アウレリウス・アウグスティヌス没。享年75。ラテン教父の一人。東西教会の分裂(フィリオクェ問題)や宗教改革(自由意志論、予定論)に、その教えが絡んでいる。母モニカと共に聖人。教会博士。

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エルデル・カマラ没

8月27日(1999年)、ブラジル・カトリック教会の大司教、エルデル・カマラ没。享年90。ラテンアメリカの解放の神学の主な先駆けとなった。ヨハネ23世の回勅『地上の平和』に因んだ「地上の平和賞」を受賞した。

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マザー・テレサ誕生

8月26日(1910年)、カトリック教会の修道女、マザー・テレサ誕生。享年87。インドのカルカッタで貧しい人々のために活動、修道会「神の愛の宣教者会」を創立した。その働きのため、テンプルトン賞、ノーベル平和賞などを受賞、2003年に列福された。

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高木東六没

8月25日(平成18年)、作曲家、高木東六没。享年102。父は正教会の司祭で、本人も日本ハリストス正教会所属の正教徒。聖名はアファナシィ。埋葬式はニコライ堂で行われた。

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聖バーソロミューの虐殺

8月24日(1572年)、聖バーソロミューの虐殺。ユグノー戦争の時期、フランスで起きた事件。カトリック側が改革派の人たちを大量虐殺した。犠牲者は3000~4000人と言われる。日本では室町幕府の時代。

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