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2013年10月27日 (日)

中田重治誕生

10月27日(明治3年)、伝道者、中田重治誕生。享年68。日本ホーリネス教会の創始者の一人。東奥義塾に入学、17歳の時、キリスト教信仰を持ち、ギデオン・ドレーパーから受洗。その後、ムーディー聖書学院で学び、インド人伝道者の集会で聖霊体験をした。

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八木重吉没

10月26日(昭和2年)、詩人、八木重吉没。享年29。大正8年、駒込基督会で、富永徳磨牧師から洗礼を受けた。故郷の町田市に八木重吉記念館がある。

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田中耕太郎誕生

10月25日(明治23年)、第二代最高裁判所長官、田中耕太郎誕生。享年83。法学者で、文部大臣、国際司法裁判所判事など歴任。最初、内村鑑三の集会に出ていたが、離れ、妻峰子の影響もあり、カトリックに変わった。

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松前重義誕生

10月24日(明治34年)、東海大学創設者、松前重義誕生。享年89。内村鑑三に師事したこともあり、内村が校長だった精華学園(女子独立学校)は今、東海大学付属望洋高校になっている。

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宋美齢没

10月23日(2003年)、中華民国の指導者、蒋介石の妻、宋美齢没。生年には諸説がある。父の嘉樹はメソジスト教会の宣教師だったが、後、実業家になり、財閥を作って、大富豪になった。蒋介石は結婚後の1929年、上海のメソジスト教会で洗礼を受けてキリスト教徒になった。

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神谷美恵子没

10月22日(昭和54年)、精神科医、神谷美恵子没。享年65。ハンセン病患者の治療に生涯を捧げた。父は内村鑑三門下の前田多門。兄にフランス文学者、東大教授の陽一がいる。クエーカーや仏教にも関心を持ったが、キリスト教に対する関心を生涯持ち続けた。

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志賀直哉没

10月21日(昭和46年)、小説家、志賀直哉没。享年88。若い日に7年間、内村鑑三の集会に出ていた。

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アン・サリヴァン没

10月20日(1936年)、ヘレン・ケラーの家庭教師、アン・サリヴァン没。享年70。少女時代、一時、盲目になったが、その時の病院の看護婦の励ましの中でキリスト教を教えられ、信仰を持った。

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ヤーコブス・アルミニウス没

10月19日(1609年)、オランダの神学者、ヤーコブス・アルミニウス没。1560年生まれ。オランダ改革派として活動を始めたが、カルヴァンの予定説に対して、救いにおける人間の自由意志の役割も認めたため、オランダに神学論争が起きた。論争が未解決の中で亡くなった。

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森有正没

10月18日(昭和51年)、哲学者、フランス文学者、森有正没。享年64。大正2年に洗礼を受けた。暁星小学校、同中学校、旧制東京高等学校で学び、東京帝大文学部哲学科卒。東大助教授になったが、昭和25年、フランスに留学、帰国せず、研究を続けた。哲学的エッセイで注目された。

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ヘボンが横浜に到着

10月17日(1859年)、米国長老教会系の医療伝道宣教師、ジェームス・カーティス・ヘボンが横浜に到着。44歳だった。4年後、横浜にヘボン塾を開設、その女子部が洋学塾になり、フェリス女学院になった。ヘボン塾を源流として明治学院が生まれ、ヘボンは初代総理になった。

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2013年10月16日 (水)

ウォイティワ枢機卿が教皇に

10月16日(1978年)、ポーランド人のカロル・ウォイティワ枢機卿が第264代ローマ教皇に選出された。教皇名はヨハネ・パウロ2世で、58歳だった。

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新渡戸稲造没

10月15日(昭和8年)、教育者、思想家、新渡戸稲造没。享年71。札幌時代にメソジスト系宣教師M.B.ハリスから洗礼を受けるが、米国留学中にクエーカー教徒に。国際連盟事務次長を務めた。著書『武士道』は英文で書かれ、名著と言われる。

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キング牧師にノーベル平和賞

10月14日(1964年)、マーチン・ルーサー・キング牧師のノーベル平和賞受賞が決まる。

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吉満義彦誕生

10月13日(明治37年)、カトリック哲学者、吉満義彦誕生。享年41。内村鑑三の集会に出ていたが、岩下壮一神父の影響でカトリックの信徒になった。パリに留学、ジャック・マリタンに師事。晩年、司祭の道を目指した。今、『三田文学』で若松英輔氏が「吉満義彦」連載中。

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三浦綾子没

10月12日(平成11年)、小説家、三浦綾子没。享年77。昭和27年、結核の闘病中、小野村林蔵牧師から受洗。『氷点』は朝日新聞社の公募した懸賞小説の入選作。この名前に関連して、日本テレビの番組「笑点」が作られたという。

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フルドリッヒ・ツヴィングリ没

10月11日(1531年)、スイスの宗教改革指導者、フルドリッヒ・ツヴィングリ没。享年47。ルターとは聖餐論で一致しなかった。スイス改革派教会の創始者。カトリック諸州との内戦で戦死。

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八代斌助没

10月10日(昭和45年)、元日本聖公会首座主教、八代斌助没。享年70。神戸聖ミカエル教会司祭、神戸教区主教をへて、昭和43年、首座主教に。八代学院創設者。

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ピウス12世没

10月9日(1958年)、ローマ教皇、ピウス(ピオ)12世没。享年82。祖父がバチカン日刊紙「オッセルバトーレ・ロマーノ」の創刊者。ドイツのヒトラー政権時代の教皇で、その対応で批判されたこともあるが、ユダヤ人を保護した面もある。

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カルケドン公会議始まる

10月8日(451年)、カルケドン公会議始まる。小アジアの都市、カルケドン(現在のトルコ共和国イスタンブール)で、同年11月1日まで。キリストの両性(神性と人性)を確認した。また、ネストリウス派を退けた。

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ベルナール・プティジャン没

10月7日(1884年)、カトリック教会司祭、ベルナール・プティジャン没。享年55。パリ外国宣教会会員として幕末に来日。1865年、大浦天主堂に神父を訪ねてきた一行の一人、中年の女性、杉本ゆりの告白で、彼女が隠れキリシタンと分かった。

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巌本善治没

10月6日(昭和17年)、女子教育家、評論家、巌本善治没。享年79。明治16年、受洗。『基督教新聞』主筆のあと、明治18年、『女学雑誌』創刊。明治女学校の第2代校長。

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ジョナサン・エドワーズ誕生

10月5日(1703年)、アメリカの会衆派の神学者、牧師、ジョナサン・エドワーズ誕生。享年54。牧師の家庭に生まれ、イェール大学を首席で卒業。大覚醒運動のリバイバル指導者。説教に「怒れる神の御手にある罪人」がある。プリンストン大学第3代学長。

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アビラのテレサ没

10月4日(1582年)、スペインのカトリック教会の神秘家、アビラのテレサ没。享年67。大テレジアとも言う。修道院改革に尽力した。著書に『霊魂の城』など。

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2013年10月15日 (火)

アッシジのフランチェスコ没

10月3日(1226年)、カトリック修道会フランシスコ会創始者、アッシジのフランチェスコ没、享年44。彼の半生を描いた映画に「ブラザー・サン シスター・ムーン」(1972年)がある。

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金森通倫誕生

10月2日(1857年)、牧師、金森通倫誕生。享年87。熊本洋学校を卒業し、同志社に入学、新島襄から受洗した。各地で伝道したが、その後、棄教を宣言。しかし、妻の死をきっかけにして信仰を回復、救世軍、ホーリネス教会などで伝道した。石破茂・自民党幹事長はひ孫。

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椎名麟三誕生

10月1日(明治44年)、小説家、椎名麟三誕生。享年61。日本共産党に入党したが、獄中で転向、ドストエフスキーを知り、キリスト教に入信、赤岩栄牧師から洗礼を受けた。

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ジョージ・ホウィットフィールド没

9月30日(1770年)、イングランド国教会の牧師、ジョージ・ホウィットフィールド没。享年55。ウェスレーと共に、メソジスト信仰復興の指導者だったが、カルヴァン主義を信じ、後にウェスレーと離れた。

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北森嘉蔵没

9月29日(平成10年)、神学者、牧師、北森嘉蔵没。享年82。熊本市生まれ。旧制五高在学中、ルーテル教会で受洗。戦後、東京神学大学教授。主著『神の痛みの神学』。

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ジョサイア・コンドル誕生

9月28日(1852年)、英国出身の建築家、お雇い外国人のジョサイア・コンドル誕生。享年67。作品の中にニコライ堂(明治24年、重要文化財)がある。ニコライの日記の邦訳文庫本がある。

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2013年10月 9日 (水)

ジョナサン・エドワーズの後千年王国説

 『北陸大学紀要』(26号、2002年)に、「ジョナサン・エドワーズの終末論」(村上良夫)という論文がある。そこには、こんな記事がある。
 「さらにエドワーズは、われわれは祈りによって、説教によって、そしてあらゆる伝道の働きによって、キリストの王国の到来を促進し、千年王国の到来を早めることができると信じる」(103頁)
 千年王国の到来は再臨とも関係しているのであろうが、このような言葉は、大衆伝道者であった本田弘慈氏も言っておられた。しかし、本田氏は、エドワーズ同様に千年王国後再臨説の人であったかといえば、いや、千年王国前再臨説の人であったように思う。
 更に、このような記述もあった。
 「通常の歴史を超えた千年王国の到来ではなく、通常の歴史の展開の中での千年王国樹立を言明したエドワーズの思想は、歴史の発見、歴史の意味の発見という意義を有すると考えられるのである」(105-106頁)
 ここにも、後説の特徴が見られるように思う。しかし、それはいつなのであろうか。その時には、当然、再臨があるのであろう。エドワーズは、そのことをどう考えていたのだろうか。教会の通常の活動の彼方に千年王国を期待するといっても、そこに再臨があるのであれば、そこではやはり、通常の教会の歴史が終わるのではないだろうか。エドワーズにおける再臨の転機が、まだよく分からない。
 そんな問いを感じたのだが、それはやがて答えられることになる。千年王国の前に再臨はないのである。ということは、いつから千年王国が始まるのであろうか。千年王国を未来に待望するといっても、その到来の時点をどう理解したらいいのだろうか。それも謎である。

 もう一つ、別の文献がある。それは『アメリカの宗教伝統と文化』(井門富二夫編、大明堂)である。そこでは、「ジョナサン・エドワーズとミレニアリズム」(野村文子)という論文がある。
 「キリストが再臨してこの世を統治するという千年間をミレニアムと呼び、いつか来るとされる未来の正義と平和と自由が世をあまねく支配する千年王国を唱える思想をミレニアリズムと言う」(169頁)
 21世紀に入るころ、この思想に関心が高まったのを覚えているが、アメリカに起きた事件によっ、なにか吹っ飛んでしまったようであった。
 ただ、この本には、面白いことが書かれている。それは飯島徹氏が「西暦2000年頃、千年王国が地上に出現するとエドワーズが考えていた」ことを明らかにしている、という記述である(176頁)。西暦2000年はもう過ぎてしまったが、千年王国は出現したのであろうか。          さて、この後説はエドワーズによる影響が強いらしい。「ピューリタンをはじめ、当時の人々は圧倒的に前千年王国説を信じていたが、18世紀の中頃に後千年王国説に傾いていった。この変化に最も功績があったのは、独立戦争前のアメリカの指導的神学者、ジョナサン・エドワーズである」(178頁)とある。
 この二つの説の特徴を比較して、論者は、こう説明している。
 「救済前の滅亡と破局を預言する前千年王国説は労働者に現実からの撤退を勧め、一方、後千年王国説は労働組合主義や過激な社会改革を正当化する武器に用いられた」(175頁)
 エドワーズと言えば、第一次大覚醒の指導者でもあった。そこでは、異常なことが起きた。やがて、その時は終わったが、それを経験したエドワーズは、逆に通常の事柄を重視して、それに意味づけをする必要を感じたのではないだろうか。こんな記述もある。
 「彼は教会の努力によって千年王国が打ち立てられた後にキリストが再臨するという立場をとり、教会の歴史と千年王国を連続して理解しており、その手段を福音の広がりに求めている」(181頁)
 エドワーズにとって、千年王国はまだ始まっていないのである。千年王国の終わりに再臨があるという。では、いつから千年王国が始まるのか、何がその目印になるのか、その疑問がどうしても残ってしまう。

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