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2015年3月31日 (火)

森本あんり著『反知性主義』を読む

「面白い本、ある?」

「森本あんり著『反知性主義』(新潮社)が面白いよ。米国のキリスト教を深いところで理解しようとしている。ジョナサン・エドワーズ以外にも、歴代のリバイバリストが出てくる。特に、リバイバリストのビリー・サンデーについて詳しく書いている。以前は名前くらいしか知らなかったけど」

「反知性主義って言うとマイナスイメージがあると思うけど、どうなの?」

「反知性主義は、『学者』と『パリサイ人』つまり当時の学問と宗教の権威者をともに正面から批判したイエスの言葉に究極の出発点を持つ(85頁)というのが、著者、森本氏の理解だよ。日記で知られるデイヴィッド・ブレイナードはイェール大学で退学処分を受けたけど、敬虔さの足りない教師に『この椅子ほどにも恵みを受けていない』って、言い放ったからだって。彼もまた反知性主義の人なんだよ」

「日本の教会に、どういう意味があるのかな?」

「日本の教会の教勢回復に何か策があるとしたら、一つにはリバイバルがあるかもね。『反知性主義』には、米国の例が載っているんだ。著者はエドワーズについて本を出されたが、誰かフィニーやムーディについても紹介して欲しいよ」

「ところで、アメリカのキリスト教の特徴って、何なんだろう?」

「森本氏によれば、教派ごとの教理や聖職者の行う儀式を中心としたものではなく、信徒各人が直接に経験できる回心と新生を中心とした実践的な性格を持っている、と言うんだ。ビリー・グラハムのクルセードを思い出すよ。しかし、イギリスの宗教的迫害を逃れアメリカ大陸へと渡ってきたピューリタンがアメリカのキリスト教の原点になるんだけど、新大陸では自分たちが主流派となり、社会を建設する側に立ったんだ。すると学生時代は全共闘で鳴らしていたが就職して出世すると体制派に変わっているオヤジのようになったと。『反知性主義』の指摘だけど、面白いと思うよ。また、『アメリカ人にとって、宗教とは困難に打ち勝ってこの世における成功をもたらす手段であり、有用な自己啓発の道具』って、『反知性主義』は言うんだ。結果を重んじることはいいけど、それが目的になってはどうかな。宗教が手段とか道具という言い方には違和感があるけどね」

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