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2016年2月16日 (火)

終活問答

「宗教評論家のひろさちやさんが『終活なんておやめなさい』(青春出版社)という本を出しているけど、どうなの?」「死後のことは分からないから考えるのをやめよう、と釈迦の言葉を出して、いろいろ提案しているよ。終活のブームがなくなるとは思わないけどね」

「釈迦が死後の世界がないと言っているのは、『毒箭の比喩』の誤読かも知れないよ。まず自分に刺さった毒矢を抜くのが先で、死後の世界への問いはその後だ、と言いたいんじゃないの?」「確かに。釈迦は、一般の人々には死後の天界と地獄を語っているんだ。解釈が大切だよ」

「ひろさんは、こう言ってるよ。ーイエス・キリストが復活して、死者の生前の罪によって、天国行きか地獄行きかを決める。それが最後の審判です。・・ですから、イエスが復活するまでの間は、死者は「眠りの状態」にある、というのがキリスト教の死についての考え方なのですー。本当?」「違うみたい」

「ひろさんは言う、『終活は死を見据えるものといっても、死そのものに対する感覚は、きわめて希薄なのです』。そう思う?」「思う。笑いながら終活する人もいるけど、自分は死とは無縁と、どこかで考えているみたいだ。しかし、それでも終活は死の本当の意味を考えるきっかけになるんじゃないかな」

「終活って、いつから始めたらいいのかな?」「死が肉体の死であれば、それが視野に入ってからでもいいだろうけど、別の死であれば、もっと早いだろうね。10代から始める人もいるよ。それが終わると、いつ死んでもいいという心境になるんだけど、パウロにも、そんな言葉があるよ」

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