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2016年4月21日 (木)

人生とは?

「人生の目的って何だろう?」
「自分はどこから来て、どこに行くのか知ることじゃないかな。多くの人は、その中間のことに心を使っていて、それが人生だと思っているらしいけどね。先祖や予言に関心が集まるのも、自分の最初と最後を知りたいからだよ」
「昭和40年代の大学紛争の時、問題提起という言葉が流行ったね。何か中途半端で終わってしまったようだけど、問題提起者は自分の提起した問題を忘れたんだろうか?」
「いや、忘れられないだろう。自分の中で何らかの解答を見つけなければ次の人生が始まらないだろう」
「人生は、偶然出会った人で大部分が決まってしまうことがあるよ。恐ろしいとは思わない?」
「その人はサタンの使いか神の使いか分からないけど、見方によって、どっちにもなるような気がするよ。絶望の原因ならサタンの使いに思えるけど、真の希望は絶望の彼方にあるんだから、神の使いになるかもね」
「ところで、人間には煩悩があるよね。そこに人生があるという理解もあると思うんだ。煩悩に死んだら、人間として生きていけないんじゃないの?」
「いや、煩悩の人生というのが問題の多い人生であり、課題がつまっているんだ。だから、解決を求める人生であって、そこに安住してはいけないんだ。その課題を端的に言うと、死の問題だよ。そして復活という解決があるんだ。しかし、これは生きているうちに、そのきっかけをつかまなくてはならないんだ。煩悩をどうして離れるか、それは人生の目的になるんだけど、逆にそんなのは敗北だと考える人もいると思うけどね」

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