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2016年4月22日 (金)

福音宣教論

「ところで、福音宣教ってのは何なんだろうね?」
 
「あなたがたの住んでいるのは滅亡の町なんだよ。そこを離れて永遠の都を目指して巡礼の旅を始めませんか、というお誘いなんじゃないだろうか。滅亡の町を再建することでも、そこで楽しむ方法を見つけることでもないだろうね」
 
「現代的宣教論のテーマで、何かアイデアある?」
 
「宣教の最前線に立っている人が牧師、司祭だよね。ある牧師は、自分史による信仰の証し、また説教や自らの研究成果を全部、インターネットで公開しているんだ。誰でも読むことができる。これも一つの方法かもね」
 
「インターネットでの宣教は可能なんだろうか?」
 
「動画を使って、決心者を募り、回心の祈りを導いている人もいるよ。その祈りで人は救われるかも知れないよ。ただ、そのままではなく、教会に繋がらないといけないんだが、そこが課題かな」
 
「伝道したいという人に何か助言ある?」
 
「現代では、方法はいくらでもあるよ。しかし、いくらお膳立てが整っていても、伝えるべきものを自分が持っていないなら、所詮、伝道は無理。ポール・クローデルは『キリストについて語るのは、問われたときだけでよい。ただし、キリストについて尋ねられるような生き方をしなさい』と言ってるよ。生き方について、他の宗教者に負けていては、宣教の言葉も空転するだけだろう」
 
「語ることが中心であれば、沈黙の伝道ってあり得ないんじゃないの?」
 
「そうかもね。伝道は語ることが中心だよ。しかし、語ることが苦手な人は伝道できないかと言えば、そうではないと思う。語られたことを伝えることも含むんじゃないかな。それが沈黙の伝道かもね」
 
「ところで、伝道と宣教は、どう違うの?」
 
「伝道には排他主義的発想が、宣教には包括主義的発想が結びついていそうだね。だから、両者は違うけれど、相互補完的で、対立的ではないと思うよ。キリスト新聞社から出ている『現代の教会を考えるブックレット3 宣教ってなんだ?』に詳しい説明があるよ。『ミッシオ・デイ』についても議論されている。一読の価値ありだよ」
 
「伝道するには牧師になる必要があるかもと思うけど、牧師の仕事は何?」
 
「牧師だから牧会じゃないかな。信徒を育てること、教会を成長させること、じゃないかな。相手は未(非)信者と思うかも知れないが、基本は信者相手の仕事だろうね。牧師は伝道者でもあるが、伝道者は牧師に限定されないだろう。信徒でも伝道者になれるよ。近代日本での最大の伝道者は内村鑑三と思うけど、彼は一人の信徒だったんだ」

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