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2016年5月22日 (日)

エキュメニズムの可能性

「日本基督教団の教会論は、エキュメニズムの観点から見られるべきなんじゃないかな?」
「会議制は、日本基督公会の設立の趣旨を受け継いだものなんだろうね。現実的には、これ以外、あり得ないようにも思うんだ。しかし、戦後、教会の離脱が続いた時、公会の趣旨は余り顧慮されなかったかもね」
 
「エキュメニズムは、その目的を達成できるんだろうか?」
「その目的が、教派をなくして、一つの可見的教会を実現することなら、それは実現しないだろう。しかし、教会がばらばらになるのではなく、一つになるべきという思いは大切で、そのためには狙いの修正が必要だ。それは旅の終わりのこと。長く携帯を使っていたけど、スマホに変えて、ネット情報を見やすくなったよ。教派主義の克服という課題は、強力な手段を得ている。見える一致というエキュメニズムの目標ははるか彼方にみえても、実際は前進しているように思える。」
 
「プロテスタント教会って言うけど、一つの信仰を持ってるの?」
「そうではないんだ。だから教会一致運動もプロテスタント教会から始まったんだ。その違いをどう考えたらいいのか、やっかいな問題をかかえる場合もあるんだ。双方とも熱心な信仰を主張していて、それでも対立する場合があるんだ。それは今でもあるんだ。あなたはどうなんだとの答が求められているんだ」
 
「教会の一致に関しては、パウロがガラテア書で批判している人たちは今でもいるんだろうか?」
「いると思う。もちろん、ユダヤ教ナザレ派ではないけどね。ルターの当時はカトリック教会を指すと考えられたかも知れないけど、今では、カトリック教会は信仰義認でルター派と合意したから、それでもない。問題は、教会の中で律法をどう解釈するかだよ」
 
「あの教会の立場が微妙だね。律法を強調するけど、律法主義ではないんじゃないの?」
「公式の立場表明では、そうなっているんだ。だから他の教会との関係も断絶していないんだ。ただ、矛盾に見えるかも知れないけどね。しかし、あの教会には特別の使命があるのかも知れないよ。独自の主張を持っているからね。別の主張を強調したいための揺さぶりかも知れないと思う時があるんだ」
 

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