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2017年1月 7日 (土)

宗教改革500年

「今年は宗教改革500年だそうだけど、何かいい企画ある?」
「日本で再現したらどうかな。ルターの95カ条の提題を一つ一つ取り上げて、応答する。95カ条が何か、知らない人も多いんじゃないかな。宗教改革の、現代における意味あるいは無意味が分かるかもね」
 
「創文社の『神学大全』の翻訳が全部完了したらしいけど、感想ある?」
「現代の『神学大全』を誰か書いて欲しい。トマスのは中世のもので、時代は変わっているからね。宗教改革とかイスラエル建国とか、現代版では不可欠の項目だろう」
 
「ところで、宗教改革って何だったんだろうか?」
「普通は信仰義認という福音の再発見の時と教えられると思う。それはそれでいいかもだけど、その他、プロテスタント教会ができたこともある。それに、世界宣教が始まったんだ。ザビエルが日本にまで来たのも、その影響かも知れないしね」
「信仰義認の教えが福音の核心という主張で、教会が割れたんだよ。しかし、今では双方が、この点では合意しているから、宗教改革の意味を他に探す必要があるかもね。それは世界宣教の新しい開始だったんじゃないかな。それも間もなく終わるかもだけど」
「信仰義認の再発見、教会を初代教会に戻す試みなど、いろいろ言われるけど、世界宣教の新しいスタートだったんじゃないかな。教会の分裂は不幸だけれど、一方、宣教の前進は大きな価値じゃないかな。イエズス会が出来て、日本にも福音が来たんだから」
「福音を西洋から世界に広げるためだったんじゃないだろうか。その結果を我々は今、見ているんだ。そして、その時代が終わろうとしている、そのしるしがイスラエルの建国じゃないだろうか」
 
「教会の分裂には意味があったんだろうか?」
「東西教会の分裂、それに宗教改革があったけど、それによって福音が世界に伝わった一面を無視できないだろうね。ザビエルの来日だって、その影響を無視できない。今は、教会一致が課題だけど、ユダヤ人問題とからめたら前進するかも知れないね」
 
「宗教改革は信仰義認の再発見と印刷によって進展していったんだよね。伝道は大宣教命令で全時代の使命だろうけど、手段は各時代で変わってくるね。今は何だろう?」
「インターネット、それに動画かな。内容は預言解釈をからませると、注目度は変わってくるよ。預言解釈を専門にしている教会もある」
 
「動画で強力な伝道を展開している人が何人もいるけど、どういう教会の人なんだろうね?」
「福音派なんだろう。福音派はカルトとみなす人もいるけど、全部をそう言い切ることはできないだろう。宗教改革の時は印刷術の登場で進展したけど、現代は動画で福音宣教が進展しているようだ」
 
「プロテスタント教会にも宗教改革があるんだって?」
「こちらは比喩だけど、日本基督教団から、戦後、離脱する教会が続いて、新しい教団を作っていった、その時なんだ。日本基督教団は公会主義で、教派主義の弊害の反省を内包しているんだ。戦争という外圧に屈したともいうけどね」
 
「民主主義はキリスト教の伝統なんだろうか?」
「そう思っている人が多いかもね。それに反対するつもりはないけど、民主主義の源流をルネサンスとすれば、宗教改革は、その後、始まったんだから、キリスト教は民主主義とは別の原理を持っているかもね。しかし、否定する原理ではないよ」
 
「近代日本での、多くのキリスト者のうち最大の人物は誰だろうか?」
「私は内村鑑三だと思う。彼が『第二の宗教改革』と言った時、ルターに匹敵する重要な地点に立ったんじゃないかな。無教会はプロテスタントの中に位置づけられていても、それを超える洞察が与えられたんだ」
 
「内村鑑三の『紙上の教会』の現代的展開って何?」
「『ネット上の教会』かな。それが何であって、どういう効果があるか、何が可能になるのか、考えてもいいかもね。彼は第二の宗教改革、近代批判を言っていたから、新しい時代の到来を待望していたんだ」
 
「歎異抄をキリスト教の中で位置付けたら、どうなるだろうか?」
「法然がルター、親鸞をカルヴァンとすれば、宗教改革後の様々な教派に対する正統信仰による弁証の書かもね。カルビニズムには、そういう意識は強いと思うけど。日本では岡田稔著『改革派教理学教本』などあるよ」
 
「現代において宗教改革をやるとしたら、そのテーマは何になるんだろうか?」
「最初のテーマは信仰の最初に関するもので、あの時に分離した相手の教会とも大体合意が出来ているから、別のテーマでないとね。それは信仰の最後のテーマかもね」
 

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