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2017年3月 3日 (金)

岩下壮一神父のこと

夏目漱石の小品にもあるケーベル先生は東大で哲学を教え、教え子の中には岩下壮一、石原謙など日本の教会史に残る人たちもいます。ケーベル会という有志の会がありますが、余り活動はしていないようです。
 
JRの信濃町駅近くに真生会館というカトリックの施設があります。以前はテナントが多かったのですが、今はそれはなくなり、カトリック関係の学びが行われています。ここは最初は岩下壮一神父が開いたものです。
 
「岩下壮一神父の評価は今、どうなんだろう?」
「以前ほどではないけど、著書が文庫本で出ているから、それで知った人もいるだろうね。ある上智の教授は、彼は第二バチカン以前の人だからね、と、もう過去の人扱いだった。そんな面もあるだろうけど、キリシタン時代よりは新しいからね」
 
「プロテスタントの人が岩下壮一神父の本を読んだら、カチンとこないだろうか?」
「くるかも知れない。気になる人だよ。無教会の塚本虎二との論争は知られているけど、これが内村鑑三の塚本批判と関係あるんじゃないかなと思うんだけど、誰も言っていないんだ」
 
「岩下壮一神父はプロテスタントにとっては、手ごわい相手だったと思いますが、彼は生涯をルター研究に捧げてもよいと言っていたようですね。なぜですか?」
「ルターに惹かれるものを感じていたんでしょうか。神父のその言葉は割合よく知られていますけどね」

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コメント

岩下の著書、「カトリックの信仰」「信仰の遺産」をプロテスタント批判を削って書き直した物ができたら良いと思っています。真のカトリック理解の助けになるのではないでしょうか。日本のカトリック再生のためにも。

投稿: 隠れ信徒 | 2017年11月29日 (水) 17時23分

今、JR信濃町駅近くにある真生会館で、岩下神父の本の読書会が行われています。参加されたら、いかがでしょうか。この施設は岩下神父ゆかりのものです。

岩下神父には、ご指摘のように厳しいプロテスタント批判があります。しかし、それらを今、どう読むかで、新しい対話が生まれてもよいと思います。対話という方法はギリシャ哲学から教えられたものと思いますが、トマス・アクィナスにも、この伝統は生きているように思います。

レスポンスが遅れて申し訳ありません。最近、このブログにご無沙汰しています。

投稿: | 2018年4月16日 (月) 12時02分

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