2007年8月24日 (金)

ヴァンパイア

吸血鬼というと、ドラキュラが有名だが、ヴァンパイアという名で登場する場合もある。ヴァンパイア関連の映画は何本もある。人気映画なのだ。

ヴァンパイアは、人の血を吸って生きながらえる。姿は人だが、食物である人の血がなくなると、形相は苦痛で歪む。

ヴァンパイアは、いったい何者なのだろうか。美女の生き血を吸うのが定番だが、美女の登場は娯楽番組仕立てのためであろう。
   
「血は命」とは、旧約聖書に出ているが、他者の血を求めるヴァンパイアは、言って見れば、人の命を、自分の生存のために不可欠のものとして求めているのだから、人間に悪をなすもの、悪魔的存在といえるかも知れない。
   
人の血があれば、永遠に生きるという。永遠ではなくて、永久、永劫という言葉の方がいいかも知れない。要するに、時間的に無限という意味なのだから。しかし、この中に、人間の深い願望が表明されている。

永遠は永久ではない。しかし、その違いを表現できないので、永久と永遠を混同して使う。
   
ヴァンパイアは十字架を極度に恐れる。闇を愛し、光を憎む。
   
こんな存在を、最初は、自分の外にいるものと考えていた。もちろん、現実には存在しないと思うけれど。
   
しかし、どこか、自分の外にいるのではなくて、自分の内にいるのではないだろうか。そう考えるのが正しい解釈なのではないだろうか。

人間は、生きるために、他者の命を犠牲にしている。もちろん、他者が人であれば、それは罰せられるが、日常的に、動物の命を犠牲にしている。それは何も悪いことではないと、誰もが考えているが、命を奪って、自分の命を永らえさせている構図は、ヴァンパイアの生き方と何ら変わらない。
   
ヴァンパイアの創作者は、こんな苦しい存在の仕方を強いられている人間について語りたかったように思える。しかし、思想的にはキリスト教的背景がないと、こんな物語は生まれないだろう。

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2007年6月22日 (金)

映画「シベリア物語」

昔、ソ連映画「シベリア物語」を見たことがありました。戦争から帰った一音楽家の人生を描いたもので、ロシアの自然が美しく、ひどく感動しました。日本の言葉で言えば、人情もまた感動的であったということでしょうか。ロシア民謡に、それはよく現れています。

映画「シベリア物語」は、大衆と共に歌う中から生まれ出て来た芸術家の姿を、厳しくも雄大なシベリアの自然とそこに訪れた戦後の新しい建設の時代の息吹の中で歌いあげた音楽映画で、戦後ソビエト映画のヒット作と言われています。全編を通じて「バスカル湖のほとり」「シベリアの大地」「流刑人のうた」ほか9曲が歌われています。監督I・プイリエフ、撮影V・パヴロフ、主演V・ドルージニコフ、M・ラドィニナ。ズリナ映画祭グランプリほか。モスフィルム。1947年の作品です。

ラジオ深夜便で、ロシア民謡が流されました。最後の歌が、「バイカル湖のほとり」で、アンカーは、「シベリア物語」という映画にも触れました。この映画のような環境で生きることは、人間にとって最高の幸せである、と今でも思います。

極寒の 地に響く歌 あたたかく
 寒に抗する かのようにして

ロシアという国は、終戦間際の行為によって、日本では悪い印象を持たれているのですが、逆に、その音楽によって、どれだけよい印象を与えているか知れないと思います。悪い印象を越えて余りあるものがあると思います。

作家・五木寛之さんも、ロシアに強い郷愁を感じられたようで、ラジオ深夜便で話されていました。

五木さん ロシア語学科 専攻す
 その理由には 共感覚ゆ

愛憎の アンビバレンス 不思議なり
 ロシアの心 ベ氏が解明

思想犯 過酷な処置に 耐えながら
 地下室描く ド氏の筆力

シベリアの 音楽映画 忘れない
 あの明るさは 世紀を超えて

(注・五木さんとは作家の五木寛之氏で、早稲田大学文学部ロシア語学科で学ばれたとのこと。ベ氏とはベルジャーエフ、ド氏とはドストエフスキーのこと、地下室とは『地下生活者の手記』、音楽映画とは「シベリア物語」のこと)

しかし、分からないことがありました。映画では、最後に、レーニンをたたえ、共産主義社会に希望をつないでいたのですが、民族精神の精華を描いたような、この映画が、どうして唯物主義、無神論の共産主義を賛美しているのか、分かりませんでした。それは時代の要請による「つけたし」部分なのだろうかとも思いました。

シベリアの 映画に見たる 社会主義
 その期待よし 誰も思えど

資本主義 格差を生んで 崩壊す
 マルクス予言 挫折はなぜか

金持ちが 福祉活動 精出して
 想定外の 行動に出て

予想外 無神前提 崩れたり
 勝者の信が 社会救えり

ウ氏は言う 金儲けせよ 金捨てよ
 寄付の心は 信の心ぞ

(注・ウ氏とはウェスレーのこと。「シベリアの 映画」は「シベリア物語」のこと。)

今では、ほとんどマルクスの言葉を聞きません。ソ連の「実験」で、何を学んだのか、それを検証すべきではないでしょうか。

ソ連消え 再生ロシア その民は
 ド氏らの描く あの民なのか

ソ連の消滅を、あのアリス・ハーズ夫人は、どういう思いで迎えたでしょうか。もちろん、夫人は地上の人ではありません。ベトナム戦争反対のために、1965年3月16日、焼身自殺したのが夫人です。82歳でした。

夫人は厳格なクェーカー教徒、平和主義者と言われていました。しかし、晩年、ユニテリアン・ユニバーサリスト教会の一員となったとも言われます。岩波新書『ある平和主義者の思想』(アリス・ハーズ著、芝田進午訳)があります。

訳者はあとがきで、夫人の思想を説明して、こう書いています。

「ともあれ、ハーズ夫人は、ソ連擁護という点でキリスト教徒ないし平和主義者のなかではもっとも急進的な最左翼にぞくしていたといえる。彼女にとっては、地上に「神の国」を実現するとは共産主義者と協力して社会主義を実現することであり、また共産主義者とともに社会主義を実現することは地上に「神の国」を実現することにほかならなかた」(215頁)

ちょうど、その逆の道を選択したのがベルジャーエフでした。今、ロシアの人たちは、ソ連時代をどう回想しているのでしょうか。

ロシアの初代大統領エリツィン氏が死去されました。映像からは教会生活が戻ったようですが、現在のロシアの人たちの我々に対する影響は余り大きいとは言えないでしょう。ドストエフスキーやトルストイ、またベルジャーエフなどの描いたロシアの人たちのイメージはまだ強烈に脳裏に残っているし、映画「シベリア物語」は忘れられないのですが。

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2007年5月10日 (木)

小津世界

濃密な コミュニケーション 平凡な
 生活の中 今は昔か

小津安二郎監督の世界は、平凡の日常生活が基本にあるので、人によっては退屈を感じる人がいるかも知れません。しかし、会話が、少し饒舌、くどいと思われるくらい続くことがあります。「東京物語」にも、それがあると思います。これは、単純・素朴な生活の中であっても、それだけ濃密なコミュニケーションがある、あるいはあったのだということなのかも知れません。

一日中、家の中に一人、こもっていても、そんな濃密なコミュニケーションを感じている人もいるでしょうし、逆に、人ごみの中に出て、人一倍、孤独を感じる人もいるのではないでしょうか。

小津作品の世界は不思議な余韻を残す、忘れられない世界でもあります。

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2007年5月 7日 (月)

スパイダーマン

テレビから スパイダーマン見て 思う
 スーパーマンと どこか似ている

善と悪 二元対立 アクションも
 男女の思い 善は勝つんだ

悪を見て 善の欠如と 思う時
 調和はあれど 米国嫌う

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2007年3月28日 (水)

英知大学

トマスの名 学び舎の名に いただきて
 期待ふくらむ 我が心かな

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2007年1月18日 (木)

ハケンの品格

涼子さん 存在感を 放射して
 ハケン品格 カッコいいなと

日本テレビの連続ドラマ「ハケンの品格」(水曜日・午後10時)で、篠原涼子さんが、派遣社員・大前春子を主演しています。面白いドラマです。

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2007年1月 4日 (木)

乱心か遺恨か

外形は 一つなりしが 乱心か
 遺恨なのかは 大違いなり

忠臣蔵を見て

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2007年1月 3日 (水)

瑤泉院

視点変え 忠臣蔵の 裏面には
 瑤泉院の 陰謀ありと

1月2日、テレビ東京で、「忠臣蔵 瑤泉院の陰謀」を見た。12時間のテレビで、長かったものの、面白かった。あっという間に12時間が過ぎていった。

特に、それまでは、討ち入りの前日、大石が会いに行くだけのわずかの出番しかなかった瑤泉院が主人公になっていて、忠臣蔵の別の面が出ていた。歴史を見る目が、瑤泉院にはあったのだろう。史実に忠実なドラマなのかどうか知らないが、文庫本が出ていて、そちらは一見すると、史料が満載されている。

歴史は、いろいろな面から光を当てると面白いのだと教えられたように思う。

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