2011年7月26日 (火)

池上彰さんの近著

文春新書『池上彰の宗教が分かれば世界が見える』が新刊で書店に並んでいます。著者は池上彰さん。

読後感は、お勧めです。高齢化社会では、老、病、死は人事ではありません。準備を怠ってはなりませぬ。

その中で、「キリスト教原理主義」との言葉が使われていました。もう根本主義の名前は一切使われていません。ファンダメンタリズムを根本主義と訳したのは植村正久でした。彼が明治学院で教えていた時、その教科書がリベラルということで、南長老ミッションとの間で対立が起きて、彼は明治学院を去りました。しかし、そんなことも多くの人は忘れているでしょう。時代は植村正久におさらばしています。

さて、池上さんは「キリスト教原理主義団体やそこまでは排他主義的でない聖書信仰の団体までを含めて、福音派、エバンジェリストといいます」と書いています。そこには間違いがあると思います。

エバンジェリストは福音書記者、あるいは伝道者、巡回説教者をさしていて、福音派はエバンジェリカルといいます。言葉としては形容詞のようですが、名詞としても使います。

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2009年5月 6日 (水)

ハビアンの謎

新潮選書『不干斎ハビアン』(釈徹宗著)は、ハビアンに関する詳細な情報を満載した貴重な本であると思う。

キリシタン時代に、『妙貞問答』と『破提宇子』という、キリシタンの擁護と批判の、全く逆の立場の書物を残した人物である。

なぜ、このようなことが可能なのだろうか。

そこで、カントの「純粋理性批判」を思い出した。形而上的な神に関しては、肯定も否定も、どちらの立場も、言えるのである。そこで、彼は神を要請するために、「実践理性批判」を書いたという。しかし、要請された神は、まだ不十分なのだろう。まだ、理屈の域に留まっているからだ。体験の域に入る必要がある。

ハビアンが、「純粋理性批判」の立場で、神を論じているのであれば、肯定も否定も、できるのであろう。だから、彼にとっては、『妙貞問答』と『破提宇子』は矛盾していないと言えるのかも知れない。

さて、宣教師たちの伝えたキリスト教の反発しつつも、日本で独自のキリスト教を展開した人たちがいたことを、我々は知っている。その人たちは、ハビアン同様、西洋流儀のキリスト教には躓いたかも知れないが、神体験があったので、それを否定することはできなかった。だから、信仰者として一貫した生を送った。ハビアンとは違ったところで、信仰を受け止めていたのである。

カトリック世界にペンテコステ・カリスマ運動が浸透していくのを、ハビアンの生涯を眺めながら見ていくと、その必要性が感じられるのである。理屈は体験への道しるべであり、理屈は、そのことを理解しなければならないと思う。宣教は、その体験へと招くべきであり、理屈で相手を負かすことを目的とすべきではないと思う。

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2009年4月 5日 (日)

賀川特集

『季刊「あっと」at』15号(太田出版、2009年4月6日)で、賀川豊彦の特集が組まれています。

特集「賀川豊彦の現代的可能性を求めて」が、そのタイトル。

一般の書店にはないと思いますが、新宿・ジュンク堂書店にはありました。

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2009年3月27日 (金)

佐藤優という人

最近、書店で、角川文庫『国家と人生』(佐藤優、竹村健一)を買い、一気に読んでしまった。佐藤氏は、外務省の情報分析官であったが、現在は作家・起訴休職外務事務官という肩書きである。お会いしたことはないが、一度、四谷駅で、その姿を見かけたことがある。同志社大学神学部で学んだという経歴があり、何か気になっていた。本を読んで、こういう博識な人物が現実にいるということに、正直驚きを覚えた。本人はクリスチャンという。月刊誌『福音と世界』にもプロテスタント神学者を取り上げて連載している。キリスト教界にも影響力を及ぼしつつある。これからが楽しみである。

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2009年3月18日 (水)

無宗教

『無宗教こそ日本人の宗教である』(島田裕巳著、角川書店、2009年)を面白く読んだ。無教会への言及があるかと思ったが、なかった。また、故岩佐凱実(いわさ・よしざね)氏のエピソードの紹介があるかと思ったが、これもなかった。しかし、岩佐氏のエピソードは、この本の趣旨にぴったりである。ただ、この本には、同じような話が紹介されていた。著者が、山折哲学雄氏から聞いた話だという。

山折氏の友人がカナダに旅行した時のこと、入国に際して、係官から宗教を聞かれて、「無宗教」と答えたところ、係官が入管を拒否したという。そこで、無宗教とは、宗教がないという意味ではなくて、無という宗教がに日本にはあるのだと答えて、それで係官を納得させたというのである。(21頁)

さて、岩佐凱実氏は、元富士銀行頭取で、平成13(2001)年10月14日、95歳の高齢で逝去された。彼は、日露戦争の終わった翌年に東京に生まれたが、当時は、戦争の勝利に世の中がわき立っていたので、凱旋の凱の一字を取って、凱実と名づけられたのだという。東大を出て、1928(昭和3)年、安田銀行(のちの富士銀行)に入行され、のちに、大金融人、国際人になった。富士銀行頭取、同会長、同相談役、また全国銀行協会会長、経済団体連合会副会長、経団連評議員会議長、経済同友会代表幹事を歴任した。日米財界人会議は、岩佐氏の提唱を核にして始まったものだ。1986(昭和61)年には、勲一等旭日大綬章を受賞している。

昭和12年、岩佐氏は、安田銀行の一行員だったが、日本電工(昭和電工の前身)の再建のために同社に送り込まれた。この日本電工は昭和14年に、昭和肥料(経営者は鈴木忠治氏)と合併して昭和電工になるのだが、鈴本忠治氏の令息の一人が鈴木治雄氏。鈴木治雄氏は、無教会の関根正雄氏の影響でキリスト教に関心を持たれ、のちカトリック教会に籍を置かれた。

さて、岩佐氏は、昭和25年9月に、単身、アメリカに渡ったが、その時、入国管理官から、宗教を問われたという。

「宗教は何か、というので、『私は宗教はない』と答えると変な顔をした。そこで、『私はキリスト教徒でも仏教徒でもない。神道でもない。いわんやイスラム教徒でもない。しかし私は宇宙の神を信じている』といったら、管理官は、『わかった。わかった。もうよろしい』と解放してくれた」(『回想八十年-グローバリストの眼』岩佐凱実著、財団法人・日本法制学会刊、95-96頁)。

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2009年2月15日 (日)

福音派

中公新書ラクレ『アメリカの宗教右派』(飯山雅史著)を読んだ。ファンダメンタリズムは、かつては根本主義と訳されていたが、この本では一貫して、原理主義と言い換えている。イスラム原理主義から、「原理主義」という名前が一般によく使われるようになったが、それ以前、米国のキリスト教のプロテスタントの中の一つの流れに命名されていた名前であった。

原理主義と福音派との関係は、どうなのか。この本では、随所に、その課題に答えていて、私も、この本のように考えてきた。

しかし、その違いについて、こう書かれていた個所には、少し疑問も残った。

「しかし、福音派は原理主義派とは違う。前千年王国説をとる原理主義派は、人間がいかに努力しても、キリストによる救済までは世界は救われないと考え、政治や社会から背を向けてきた集団である。これに対して、福音派はこうした悲観主義ではなく、社会と積極的に関わっていくことを選択した人たちだ、キリストの救済があるまでに、人間は努力して社会を良くしていかなくてはならないし、その努力は報われるという積極主義と楽観主義がその根底にある」(223頁)

私は、福音派も前千年王国説を採用しているように思ってきた。そして、後千年王国説を採用するのは、むしろリベラルな人たちのように思ってきた。そこが、一つ、ひっかかっていた。

前千年王国説を採用する人たちは伝道・宣教に邁進し、後千年王国説を採用する人たちは、社会改良・改革に取り組むという図式があるのかも知れないが、そこまで図式化する必要があるのだろうか。賀川豊彦など、どちらに入るのだろうか。

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2009年1月13日 (火)

告白と生きること

「「告白」のことばは、いつの日にか、生きることによってそれを証しなくてはならないときが必ずやって来る。そうすることが、告白を真実の意味で「告白」たらしめる。そのとき、その人間が生きた道は、その人以上の何かを告げ知らせるのである」(「越知保夫とその時代」若松英輔、『三田文学』No.89、52頁)

いい言葉と思いました。

「実に、人は心で信じて義とされ、口で公に言い表して救われるのです」(ローマの信徒への手紙10・10)の言葉を思い出しました。

「告白」と「生きる」こととの関係が、「心で信じる」ことと、「口で言い表す」ことの関係に似ていると思いました。

あるいは、「口で言い表す」が「告白」であれば、「告白」の前に、「心で信じる」ことが先行するのでしょう。「心で信じる」という、その人だけのささやかな変化が、やがて告白になり、行為になり、その人の予想もできないくらいの広がりへと、何かを伝えていくのかも知れません。

それはまた、新生と聖化との関係でもあるかも知れません。

新生は聖化のスタートであり、真の新生は、必ず、その人に聖化の道を歩ませるものだと思います。

この点は、絶対他力の浄土真宗や、プロテスタントの「信仰のみ」の強調の周辺に、悪い行為を生む可能性があるとの疑問が出ていたと思います。しかし、もとルター派の故北森嘉蔵氏は、信仰が真実であれば、必ず良い行為が伴うと考えていたと思います。

真の義認は、必ず良い行為を生み出すものだと思います。プロテスタントとカトリックでは、これまで、この両者の関係では重点の置き方が違っていたと思いますが、今では、ルター派とカトリックとの間では、信仰義認での合意ができています。

そして、聖化の道を歩む者においてのみ、新生のメッセージが真実なものとなる。そう読むことも出来ます。その時、その人の生きた道において、神が人々に何かを語っているともいえる。もちろん、それは「新生と聖化」への招きです。それが、「その人間が生きた道は、その人以上の何かを告げ知らせるのである」の意味であろうかと思いました。

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「この世の王」

「「召し出し」という言葉がある。カトリック教会内で用いられる一種の隠語で、この世の王たるキリストがその人を「召し出し」、牧者(司祭)に選ぶという信仰を表す。越知保夫は、わがキリストは自らを教会から連れ出し、民衆の前に出よと「召し出し」た、そう信じていたに違いない」
(「越知保夫とその時代」若松英輔、『三田文学』No.89、43-44頁)

「イエスはお答えになった。「わたしの国は、この世には属していない。…」(ヨハネのよる福音書18・36)。だから、「この世の王たるキリスト」の意味が、少し分かりません。

もちろん、復活のキリストは、「わたしは天と地の一切の権能を授かっている」(マタイによる福音書28・18)と言われているので、その限りでは「この世の王」でもあるかも知れません。

また、ローマ帝国の中でキリスト教が国教になった時も、そんな観念が強められたかも知れません。

アウグスチヌスの活躍は国教下でしたので、彼の考えには、その現実の影響があったかも知れません。しかし、また、国教としてのキリスト教の限界を知っていたのかも知れません。そんな思いが「神の国」にあるのでしょうか。近世、そしてプロテスタンティズムの予見も、そこにあるのかも知れません。

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マルクス主義

「後年、中村光夫は、唐木順三との対談で、その青春時代を振り返って、マルクス主義は単なる「思想」ではなく、一つの「宗教」として自分たちの前に現れたという。
 中村光夫がマルクス主義を「宗教」だというのは、そのドグマが宗教的だったからではない。むしろ、当時多くの青年たちが、その「思想」にささげた情熱が宗教的だったからだ。宗教でないものに、宗教的な情熱を捧げなくてはならなかったというところに、マルクス主義と昭和10年代の青年たちの悲劇がある」
(「越知保夫とその時代」若松英輔、『三田文学』No.89、41頁)

マルクス主義は宗教に対立・敵対していると思っていました。宗教を「民衆の阿片」という、有名な言葉があるのですから。しかし、その宗教性を、ベルジャーエフは徹底的に解明していると思います。だから、マルクス主義が「宗教」として現れたという中村氏の言葉に違和感はありません。むしろ、その宗教性の中に、マルクス主義の本質があるのかも知れないとも、思います。

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2009年1月 4日 (日)

共同図書館

以前、「キリスト新聞」の社説で、「キリスト教図書館」設立の提唱があったと思う。しかし、関心はなかったようだ。

今、カトリック系では、聖三木図書館があり、一般の研究者にも利用が可能になっている。また、宗教図書館では、立正佼成会に佼成図書館があり、こちらも、一般の利用が可能である。

しかし、どちらも、これまでの図書館のスタイルで、会員は借りて読むというだけである。新しい図書館のスタイルを構想してもいいのではないだろうか。

今、個人で所有する図書の利用を考えた時、「共同図書館」があってもいいのではないだろうか。個人の図書のいくらかを、「共同図書館」に提供する。その図書を、他の会員が利用する。図書館の運営は、会員の寄付・会費で行う。要するに、会員が図書館のオーナーになるのである。

オーナーだから、運営への責任とアイデアが求められている。自発性が求められている。単なる利用ではなく、寄贈図書を利用して、それぞれが研究を展開していく。そうすれば、興味を持つ人たちが集まるだろう。議論は深まるのではないだろうか。そこには、新しい、自発的な生涯学習の場ができるかも知れない。

個人で集めた図書は、今ではブックオフなどに売れば、他の人に読まれるという再利用の道が開かれている。しかし、それらは誰の手に渡るか分からないし、自分がもう一度、参照したい時に、手許にないという不便もある。しかし、「共同図書館」に寄贈すれば、いつでも利用できるし、テーマを見つけて、研究会を開いてもいい。

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